第2話 囁く遊園の闇(白い着ぐるみ)
翌朝、黒崎は夢の残滓を振り払うように顔を洗った。水の冷たさが皮膚を刺し、昨夜の夢の不気味さが現実に浸透する。オフィスに美咲がいないため、彼女のデスクは書類で溢れていた。
「風邪で休んでるんだってか……ったく、無理しやがって」
黒崎はデスクに手を置き、息を吐く。美咲の抜けた穴を埋めるのは容易ではない。
(俺一人じゃ、情報の網は甘くなる……だが、やるしかない)
パソコンに向かい、「ファンタジー・ランド 行方不明」と打ち込む。大量のニュース、掲示板、SNSの投稿が画面を埋める。
具体的なのは『白い着ぐるみが誘う夢の国へ』だな
黒崎は眉をひそめる。都市伝説の裏側には、常に異界への扉が隠れているなんて言われたりるする。気になるのは「白い着ぐるみ」は単なる噂にしては生々しい。
画面の奥に浮かぶ『赤い風船』のサムネイルに、一瞬、心臓が止まる。結衣のものと同じだった。
その日の午後、黒崎は単身、テーマパークへ向かった。入口をくぐると、鮮やかな色彩と賑やかなBGMが一気に身体を包む。
目の前は夢の世界。だが、黒崎は夢心地ではいられない。
マーチングバンドが演奏していた広場へ向かう途中、黒崎は従業員二人の会話を耳にした。
「ねえ、聞いた? 夜の閉園後に、
あの裏通路で子供が消えたって」
「また? うちのキャラが誘ったって話……
白い着ぐるみらしいわ」
「白い着ぐるみ? それは…だって、
うちには、そんなキャラクターいないだろ」
「だから怖いんだよ……監視カメラの映像にも、
変な空白があるらしいしね」
「空白……? まさか、時間が止まるとか?」
「冗談だろ……でも、消えた子の親は本気で泣いてたみたい」
「怖……俺、夜のシフト絶対行きたくない」
黒崎は小さく唇を引き結んだ。
(また子供が消える――この場所は、何かを喰っている)
その直後、母親の声が騒ぎ出す。
「ねえ! あの子どこ行ったの!?」
「手を引かれて、裏通路に入っていった!
見たわ……白いたぬきの着ぐるみが!」
目がやけに大きくて、笑い方が不自然だった」
目撃者の声は震えていた。
「たぬき? うちのキャラクターじゃありません!」
係員は血相を変え、腕を組む。
黒崎は小さく頷く。
動物キャラは多い。だが――あれはこの園の『夢の色』には似合わない。(やはり……ただの偶然ではない)
「警備員さん、あの通路は封鎖されてますよね?」
黒崎は問いかける。
「ええ、夜は閉鎖してます。ただ、まさか……」
警備員は言葉を濁した。
「閉園前、誰かが裏口を使った可能性は?」
黒崎はさらに詰める。
「いや……人間じゃなかったかもしれません」
警備員の言葉に、黒崎は眉を上げた。
夜、閉園間際の園内。観覧車の影に隠れるように黒崎は歩く。背筋に冷たい感触が走る。他者からの、粘つくような視線だ。
振り返った瞬間、観覧車の頂点に、
『誰かが立っていたような気がした』。
目を凝らすと、もういない。ただ、観覧車の窓に何も残っていなかった。観覧車だけが夜空に静かに佇む。影の存在がこちらを『見ている』ようだ。
煙草に火をつけ、白い煙を吐き出す黒崎。
「夢の国か……だが、 夢の底には、必ず何かが沈んでいる」
影が消えた後、黒崎は煙草の煙を見つめた。
(……美咲、無事でいてくれ)
その瞬間、携帯が震えた。
『黒崎さん、調査はどうですか?』
「今、現場にいる。状況は悪くない……ただ、異様だ」
『異様って……?』
「白い着ぐるみ、監視カメラにフレーム欠落、
そしてさっき、何かの影だ」
『そんな……やっぱり、
噂は嘘じゃなかったんですね』
「噂じゃない。現実だ」
『何か通路を歩いている夢を見るんです。
黒崎さんのことではないかと……』
「大丈夫だ。ゆっくり体を休めてくれ」
黒崎は低く呟き、周囲を見渡す。闇の中に潜む異質な存在を、黒崎は感じ取った。
明日もまた、園の闇は静かに広がり、子供たちの笑い声はどこか虚ろに響く。そして、結衣の痕跡は、まだどこにも見つかっていなかった――。
……そして、『白いたぬき』が見ていた。
次回 第3話「記録の空白」
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