声だけチートで異世界生存!?〜戦略で森を統べる転生者〜
てててんぐ
第1話 声だけの転生
――ざあ、と風の音がした。
木々が揺れる音。どこかで鳥の鳴く気配。
湿った土の匂いが、どこからか流れ込んでくる。
けれど――おかしい。
俺には、目がない。
鼻も、手も、足も、なにも、ない。
それでも、周囲の音と気配だけが、やけに鮮明に感じ取れた。
耳の奥で響くような、世界の呼吸が、俺の中に直接流れ込んでくる。
「……おい、これはどういう状況だ?」
自分の声を出したつもりだった。
けれど、喉を使った感覚はない。
音が空気を震わせるのではなく、直接世界に染み渡るように――ただ“響いた”。
『――声が、した?』
別の存在の声が、すぐ近くから聞こえた。
幼い少女のような響き。
驚いたように、慎重に言葉を探している。
『誰かいるの? そこに?』
「……ああ、いる。多分な」
自分でも笑ってしまうほど曖昧な返事だ。
というのも、俺は“どこにいる”のかもわからない。
意識だけが空間に浮かんでいるような、そんな状態だった。
『どこ……って、見えない……?』
「見えない。ていうか、身体がない」
少女は一瞬、沈黙した。
その後、かすかに息を呑む気配。
『……まさか、“声の魔”……?』
「声の魔?」
『ううん、昔話に出てくるの。森に棲む、姿なき知恵の魔物。
言葉だけで人を惑わすんだって。……あなた、ほんとに魔物なの?』
「いや、それは……俺にもわからん」
俺は自分の記憶を辿った。
だが、断片的な映像がいくつか浮かんでは、霧のように消えていく。
ビルの街並み、光る画面、誰かの叫び。
そして、最後に――衝撃音。
「……たぶん、死んだんだ、俺」
『死んだ?』
「気づいたらここにいた。身体もなくて、声だけ残ってる」
少女はしばらく黙り込んだ。
だが、すぐに恐怖ではなく、興味の色が混じった声を出した。
『へえ……じゃあ、あなたは転生者?』
「その言葉を知ってるのか」
『うん。最近、村の外で“別の世界から来た人”が増えてるの。
神々の実験だって噂もあるけど……。』
彼女の声は幼いが、言葉の端々に冷静さがあった。
生きるための警戒と観察が染みついている。
「……君の名前は?」
『レナ。森の見張りをしてるの。あなたは?』
「名前か……。そうだな、“セイル”とでも名乗っておこう」
『セイル、ね。風みたいな名前』
「そうかもしれない。声しかないし、風と一緒に漂ってる気がする」
風が吹く。
木の葉の擦れる音が、心地よく世界を満たした。
だがその穏やかさの中に――異様な気配が混じる。
地面を踏み鳴らす重い音。
金属がぶつかり合うような、低い唸り。
獣だ。
しかも、でかい。
『まずい、オーガだ!』
レナの声が震えた。
その瞬間、俺は周囲の“気配”を読むことに集中する。
まるで視覚の代わりに、空気の波動が形を描くように、
巨大な影が木々を揺らしながらこちらに迫ってくるのがわかった。
「レナ、逃げろ」
『でも、村の方向に行ったら追われる……!』
焦る少女の思考が、俺の意識に流れ込む。
この距離、この速度――あと十秒で襲われる。
俺にできるのは、声だけ。
だが、声は“響く”。
思考の形を帯びて、相手の頭の中に届く。
なら、やることは一つだ。
「――止まれ」
俺は、命令の形で意識を放った。
その瞬間、空気が震え、森の音が一瞬止む。
オーガの足音も、唐突に静止した。
『……え?』
レナが息を呑む。
巨体が動かない。まるで見えない鎖で縛られたように。
「効いた、のか?」
試しに、もう一度。
「後ずされ」
オーガが、のそり、と一歩下がる。
恐怖のようなものが伝わってくる。
――命令が、通じている。
どうやら俺の“声”には、意識に直接作用する力があるらしい。
言葉を、戦略にできる。
『すごい……本当に“知の魔”だ』
「大したもんじゃない。多分、一時的な催眠みたいなもんだ。
それに、こんなでかい相手、すぐ解ける」
『でも、助かったよ……ありがとう』
「礼を言うなら、代わりに状況を教えてくれ。
ここはどんな森なんだ?」
レナは少し息を整えて、語り始めた。
ここは“グラナの森”と呼ばれる地域。
人間の王国と魔族の領地の境界に位置し、どちらの勢力にも属さない中立地帯。
だが、近年は魔物が増え、森は危険地帯として封鎖されつつある。
『私は村の斥候なの。森に残って、道を守るのが役目。
でも、みんな怖がって、もう誰も来なくなっちゃった』
「つまり、君は一人でこの森を見張ってるのか」
『うん……。でも、もうすぐ追放されるかもしれない。
“使えない見張り”って言われてるから』
言葉に宿る自嘲の響き。
彼女は弱くはない。ただ、居場所を失っている。
俺は、少し考えてから言った。
「じゃあ、手を組まないか?」
『え?』
「俺は動けない。けど、声で周囲を探れる。
君は動けるけど、危険を避ける力が足りない。
つまり――互いに足りない部分を補える」
風が吹いた。
レナが、何かを決意するように息を吸い込む。
『……うん。じゃあ、私の目と耳になって。
私があなたの、手と足になる』
「いい取引だな」
森に光が差し込んだ。
さっきまで敵だった空気が、少しだけ優しくなる。
声しか持たない俺と、孤独な少女。
奇妙な同盟が、この瞬間に結ばれた。
だが俺は、まだ知らなかった。
この小さな森が、やがて“世界の戦略拠点”になることを。
そして、声だけの俺が――後に“無形の王”と呼ばれる存在になることを。
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