28話 楽しんで/深淵菖蒲
ルーティン。
目を閉じる。瞼の裏の暗闇を見つめる。
ワイヤレスイヤホン越しに、解説者の声が流れ込んでくる。
『さあ今年も始まりました、アイドル・リーグ前哨戦! レベル・ゼロ! 伝説はいつもここから始まります!』
熱狂的な名司会者の言葉には興奮が宿り、客席で響く大歓声がマイクに乗る。
あれから、一か月と少しの時間が過ぎた。
今日が、本番。
『しかし例年混沌を極める中、今年のレベル・ゼロは特に粒ぞろいのまさしく群雄割拠!
近年破竹の勢いで〈Colosseo〉を躍進していた【Arcenciel】の深淵菖蒲が、なんとレベル・ゼロからのリスタート! しかもその両翼たるメンバーは関東地区でのオーディションをトップ通過し、ドキュメンタリーで披露されたライブ映像はまさしく圧巻!
しかし、そんな天才達と競り合った『スタービーツ』の秘蔵っ子、鬼灯千尋が率いる【I'm PACT】が先週公開したMVは既に百万再生を突破!
それだけではなく、〝アメリカンアイドル・リーグ〈Red Zone〉で前人未到のレベル・シックスに到達した〟アナベス・サリンジャーさんを新プロデューサーとして迎えた『Gladiators』より、あの国民的天才子役・野茨樹が満を持してのアイドル転向!
もちろん、そんな彼女達を喰らわんと牙を研ぐ、まだ見ぬ黄金の才能が今日この場所に集まっています!』
意識を研ぎ澄ませる。イメージするのは刃物。鈍色に煌めいていて、ただ刃を押し当てるだけでまな板すらも切れるほどに鋭い包丁だ。
その柄を握り、情熱を完全に制御して刃をあたため、真っ白いホールケーキを等分するように耳から流れ込んでくる音を切り分ける。
観客の声の質量、熱量、重さ。空気を正しく把握しろ。司会者の言動とそれに反応する観客の肉声を解剖し、この場に居る全ての人が見たいものを誰よりも鮮明に想像しろ。
今この瞬間、この会場で生まれた物語を誰よりも深くインプットし、文脈を描き出せ。
それが、感動を産む為の方程式になる。
しかし、しばらくそうしているとイヤホンの外から声が聞こえる。
「菖蒲ちゃん?」
「ちょっと深淵、いつまでイヤホン着けてんの?」
顔を上げると、そこには私の新しい仲間達がいたわ。
小鈴蘭丸。幼馴染で、背が低い地味な子だけれど、悲愴な過去を経て〝歪んだ演技力〟を持つ少女。
珠薊瑠璃。元天才フィギュアスケーターで、怪我に絶望した過去を克服し、類稀なる美貌と身体能力を持つ金の卵。
〝使い勝手が良く〟、〝利用し甲斐がある〟、仲間達。
……そんな自分の中に巣食う悪魔の思考に、反吐が出そうになる。
どこまでも打算的で、結果ばかりを考えていて。いつも一番に考えるのは、どうすればアイドルの頂上まで這い上がれるか。
その為に何を足し、何を引くべきなのか。
どう〝使えば〟、母に復讐ができるのか。
……〝他人を利用することに秀でた〟私の才能では、一人では頂点に辿り着けなかったから。
【Arcenciel】という仲間を使ったけれど、とてつもない化け物ばかりが生息する上位レベルに、人間を利用した程度では太刀打ちできなくて。
〝心折れた仲間が、私を送り出した時に言った言葉を思い出す〟。
『ごめんね、菖蒲。足を引っ張って、力になれなくて……一番にしてあげられなくて』
その言葉を聞いた時、心が軋む音がした。
でもそれは、私の中に巣食う悪魔が嗤う声でもあった。
そして私は〝怪物に化けられる子〟と、〝怪物そのもの〟を引き入れた。
どこまで行っても自分勝手。私の勝手な夢を叶えるために、私は他人を勝手に使う。
薄情者。
でもそれでいい。
勝てるなら、それでいい。
「あら、ごめんなさい。久しぶりだから緊張しちゃって」
「えぇ、菖蒲ちゃんも緊張するの!?」
「はぁ? ったく、しっかりしてよ」
驚き、呆れる二人に苦笑してイヤホンを外し、控室の椅子から立ち上がる。
「緊張くらい私もするわ。だって、本気で勝ちたいんだもの」
だってせめて勝たせなければ、こんな私について来てくれた二人に合わせる顔すらなくなる 。
凄惨な過去を持つ蘭丸をこの表現の沼へと誘い込み、深い眠りについていた瑠璃を叩き起こして引き摺り込んだから。
人を利用することしかできないなら、偽善で自己満足だろうと、優しくありたい。
勝利を手にする為に私さえも捨てた、あの母親のようにはなりたくないから。
心底嫌悪することだけれど、あの女の血を半分引いて、似たような才能を植え付けられたなら、あの女にできなかったことを成し遂げてやりたい。
あの女と同じ表現に殉じる手段をとったとしても、あの女と同じにはならない。
私が頂点に立つことで、私が利用したものの全てを幸せにするの。
もう二度と、仲間にあんなことは言わせない。
絶対に、絶対に、絶対に、負けない。
「だから、貴女達は安心して。緊張するのは私に任せて、〝どうか楽しんで〟」
軽口を叩きつつも、大舞台を前にしてどこか浮ついて動きが硬い二人に告げる。
だってこれは私の我儘。私の復讐。私の執着。
二人はもちろん、戸塚さんにも、【Arcenciel】のみんなにも〝関係がない〟こと。
だから私は、二人の力を利用する代わりに、勝利をプレゼントする。
その為なら、私は悪魔にだって成ってやる。
「勝利の景色なら、
はっきりと言葉にして契約する。
悪魔は、決して契約を破らない。
私は負けない。
もう、二度と。
絶対に。
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