25話 またねライバル/珠薊瑠璃

 医務室で聞いた話だけど、私達のユニット順位は一位だったらしい。二位が鬼灯千尋と猫柳琴音で、三位以下とは評価点が大きく離れていたんだとか。


 だから、ユニット順位でいうと上位二位までが合格になるこの二次審査を私と小鈴は突破したみたいで、その帰路の途中。


 東京駅の停車場まで送ってくれたバスから降りて、駅構内に向かおうとしたその時。


「あの、少しお話いいですか」


 声をかけられて小鈴と二人で振り返る。

 そこに居たのは鬼灯千尋と猫柳琴音だった。


「何か用?」


 小鈴と二人の間に入るよう一歩前に出ながら聞くと、鬼灯千尋が言った。


「はい。完敗でしたと伝えたくて」

「わざわざ負けましたって言いに来たってわけ?」

「対戦を申し込んだ以上、その勝敗に向き合ってこそ意味がありますので」

「……真面目だね、あんた」


 しかし、そんな私に向けて鬼灯千尋が首を振る。


「いえ、これから〈Colosseo〉に挑むなら負けることも当然ありますので。勝敗から目を背けていたら、私達に成長はない。それをまさかこのオーディションの段階から学ばせて頂いて、感謝しているんです」


 言いつつも、言葉とは裏腹に闘志を揺らめかせつつ、鬼灯千尋は口にする。


「素晴らしいステージでした。でも……次は、負けません」


 そんな真正面からの宣言に、思わず笑ってしまう。


「はっ、そっちを言いに来たって訳ね……いいじゃん、好きだよ、そういうの」


 ただ私がそう言うと、鬼灯千尋はぎょっと頬を赤くして黒い前髪を弄りつつもじもじする。急にどうした?

 そう思ったのも束の間、ぎゅっと手の甲をつねられた。


「痛っ!!! ちょ、急に何すんの小鈴!?」

「べつになんでもないですけど?」


 にっこりと笑われるけど、不思議と黒々とした気配が渦巻いている気配がある。本当にどうしたの? なんか怖いんだけど。いやまあ、こういう謎めいたミステリアスな所も可愛いんだけど……てそうではなくて!


 荒ぶる内心を落ち着けていると、猫柳琴音が一歩前に出てきた。

 すかさず切り替えて小鈴を庇うように立つ。鬼灯千尋はともかく、猫柳琴音は油断ならない。もし次小鈴に舐めたことを言ったら、冷静でいられる自信がない。


 でも、そんな私の敵対心は杞憂に終わった。

 あろうことか、猫柳琴音が深く頭を下げたんだ。


「酷いことを言ってごめんなさい。私が……未熟でした」


 絞り出すような謝罪に気勢を削がれる。鬼灯千尋の全力謝罪程ではないけど、プライドを噛み殺したような声音は、軽々と無視できるものでもなかった。

 そうしてたっぷり数秒も頭を下げた猫柳琴音は、勢いよく顔を上げる。


 目元から、悔し涙を散らせながら。


「一つ教えて、珠薊瑠璃。〝なんで一次審査の映像資料であんなに下手だったの?〟」


 真っすぐ見上げて来る目線はつんつんとしていたけれど、こちらを傷付けようという嫌なニュアンスは感じられない。

 でも、なんか癪だなとは思う。


「下手って、私より一個上だっただけなのによくそこまで言えるね」


 しかし、そんな私の感情的な言葉に猫柳琴音は唇を噛んで返す。


「嫌味のつもり? 私はね、あれだけ上手かったなら、一位はちーちゃんじゃなくてあんただったはずでしょって言ってるの。変に茶化すなら……もういい」


 踵を返そうとした猫柳琴音が、ずるっと鼻を啜った音が聞こえる。

 ……ああもう、こいつのことは嫌いなはずなのに。


「いやごめん、今のは私が空気読めなかった。謝るよ」


 思わずため息を吐いてしまいながら口にする。すると猫柳琴音も足を止めて、改めて相対する。

 そして、打ち明ける。


「そもそもさ、一次試験の映像資料って、私十一月末の締め切りぎりぎりに撮ったんだよね。でもそれって、〝私がアイドルやるって決めてまだ半月くらいの時でさ〟」


 ありのままに打ち明けると、鬼灯千尋と猫柳琴音が揃って目を剥いた。


「「………………は?」」


 言われなくてもわかる。〝こいつ、アイドル初めて半月であの映像を提出したの?〟って目が訴えてる。

 だから、弁明する。


「言っとくけど、確かにアイドル目指したのは締め切りの半月前だけど、子供の頃からフィギュアスケートしてたからダンスとかバレエとかは習ってたし、身体も鍛えてたよ。

 まあ……それなりにブランクはあったから、その勘を戻すのに手間取っちゃってね。その期間に撮るしかなかったから、一次の映像資料はあのレベルだったってだけ。それと……強いて言うなら最近は精神的にも色々整理がついて、調子がいいのもあったかも」


 説明すると二人ともほっと息を吐きつつ、しかし遅れて首を捻り、次いで眉間に皺を寄せて……って、全部の動きがシンクロしてる。仲良いなこいつら。

 ただ、最終的には別々の反応を見せた。


「……精神的に、ですか。わかります。私も正直技術的に伸び悩みを感じていたんですが、敗北を覚えた今なら、どれだけだって飛躍できそうですから」

「ああ、はいはい! もういいよ天才どものとんでも諭は! ほんっと、こつこつやってるこっちが馬鹿馬鹿しくなる!!」


 息を荒げた猫柳琴音が、鬼灯千尋に先んじて私達にびしっと指を向ける。


「でも、次は負けないから!!!!」


 周囲の人々が振りむくほどの大声で堂々と口にした。


「私は確かに未熟だった! でもあんたらのステージを見て成長した! 才能ばっかりがものを言うこの世界でも、どれだけ打ちのめされて無様に負けたって、辞めてたまるかって思えた! 私は、アイドルが大好きだからっ! 死んでも足掻いて強くなってやるから今に見てろ! アイドル・リーグ本戦じゃなくて、オーディションで私達に勝っちゃったこと、絶対に後悔させてあげるからっ!!!」


 人目をはばからないその胆力に、個性的な煌めきの片鱗を感じ取る。

 ああ、本当に……嫌いだった、はずなのに。


「ごめんね」

「はあ!? 私らに勝ってごめんって言いたいわけ!?!? ほんと良い性格、」

「違うよ」


 きんきんと猫目を尖らせる猫柳に言う。


「初日にさ、アイドルを侮辱するようなこと言ったじゃん、私。あれ、悪かったなって思って。あんた、ほんとにアイドル好きなんだね」


 一日目のゼッケンコールの時を思い出す。あの時感じていたこの二人への苛立ちはもうない。

 だってそもそも、この二人に勝ちたいと思わなければ、あそこまで『うみのけもの』のパフォーマンスを作り込むことはなかった。


 この二人が居たから、私と小鈴はあれだけのパフォーマンスができたんだ。

 だから、はっきりと言葉にする。


「今のあんたのことは嫌いじゃないよ。変に斜に構えずさ、そうやって真っすぐしてたら可愛いじゃん」


 すると、猫柳は顔を真っ赤にして怒鳴った。


「なっ、あ、う、うるさーい!!!!」


 また周囲から視線が集まる。そんな様を鬼灯が笑いながら見つめて、小鈴が珍しくため息を吐く。なんか機嫌悪いな……なんでだろう。


「本当、珠薊さんは罪な人ですね。でも、とっても魅力的な人です」


 つんとしながらそう言った小鈴が、ぎゅっと抱き着いてくる。

 抱き着いて……はぁ!?!?


「ちょ、きゅ、急に何!?」


 なんか小鈴の情緒がおかしいんだけど!? どうしたの!?

 顔が火照る感覚を覚えつつ、そんな私を置いておいて、小鈴はべぇっと舌を出す。


「珠薊さんがどれだけ欲しくても、絶対あげませんからね!」

「はあああぁ!? べ、べつに欲しくなんてないし!」

「むぅ……ならいっそサリンジャーさんみたいに二人纏めてうちの事務所に勧誘を……」

「おいこら鬼灯、うちらが勝ってその話は無しになったでしょ」


 話している間にも人の目が多くなってきて、抱き着く小鈴を押しのける。もちろん、出来る限り加減をしてだけど。


「ほら、散った散った! 電車の時間あるんだから駄弁ってらんないでしょ! 帰るよ!」


 すると全員時計を思い出してぎくりとする。いやほんと、結構まずいから。

 だから、一言だけ。

 四人で相対する。


「では、次は〈Colosseo〉で会いましょう」

「首洗って待ってなさいよ!」

「それはこっちの台詞ですっ!」

「ま、次もうちらが勝つから」


 ばちっと視線を交わす。その一瞬だけで、永遠にも思える情熱に火が付く。


 こいつらには、絶対負けない。


 めらめらと燃え上がる闘志を再確認して別れ、改札を抜けた。

 ああ。

 心の底から。


 どきどきしてる。

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