17話 ライバル出現、一触即発/小鈴蘭丸

 大きな迷路のような駅から降りると、見たことも無いくらいの人が犇めく大都会の街並みが広がっていました。


「お、おぉ~!!! 来ましたよ珠薊さん! 東京です! すっごい人が沢山います! やっぱり〈Colosseo〉のオーディションがあるからですかね!?」


 菖蒲ちゃんのお古のスーツケースを引き摺りながら振り返ると、頭を抱えた珠薊さんが深いため息を吐きました。


「恥ずかしいからやめて。これ普通だから。オーディションの日程は公表されてないでしょ」

「そういえばそうでした!」


 一月の初旬、わたし達は二人で東京まで出てきて、これから二次審査を受けるんです。それも、期間はなんと一週間。

 〈Colosseo〉を運営する日本アイドル・リーグ協会が保有する専用の合宿所で、泊まり込みの審査になるとのことです。


 そしてこの二次審査に合格すれば、晴れてレベル・ゼロのアイドル。〈Colosseo〉のシーズン始めは三月からですが、レベル・ゼロのアイドルがレベル・ワン、つまり〈Colosseo〉の本戦のリーグに昇格する為のライブバトルはシーズン前の二月開催。


 つまり、この二次審査で合格したらもう来月には一人のアイドルとして戦う事になり、そこで勝利すれば、二か月後の三月からは〈Colosseo〉のステージに立つことになるんです。


「な、なんか、緊張してきました……わたし、きちんと合格できるんでしょうか……」


 現実味を帯びてきたアイドルとしての自分に、思わず腰が引けてしまいます。

 しかし、そんなわたしの頭を珠薊さんがぽんぽんと叩いてくれました。


「大丈夫だよ、いつも通りやれば。小鈴は……素敵なアイドルだから」


 真正面からそんなことを言われると、流石に照れてしまいます。というか、珠薊さんがわたしのファンっていうのがどうもしっくりこないというか……正直、時間が経った今でも結構照れてしまいそうになります。


 なので、ここは反撃しましょう。強がりはわたしの得意分野なので!


「えへへ、ありがと、瑠璃ちゃん」

「……っ、だ、から、その呼び方とタメ語は禁止」

「えー」

「えーじゃないから。ほら行くよ」


 しかし、そうして二人で迎えのバスが待っているという停車場に向かおうとした時でした。


「あの、もしかして貴女も〈Colosseo〉の合宿審査に参加されるんですか?」


 声をかけられて振り返ると、わたし達と同じ様にスーツケースを引いた女の子が立っていました。


 アシンメトリーな黒髪の下の瞳は切れ長で力強く、ぴんと通った鼻筋は日本人離れしています。身長は低めですが股下が長く、セーラー服に包まれた体はよく鍛えられて引き締まっていました。

 色鮮やかで華々しいというわけではありませんが、日本刀のように凛と鋭い美しさを持つ女の子です。


「ごめんなさい、今、オーディションとかアイドルって聞こえて」


 彼女は真っすぐに珠薊さんを見上げながらはきはきと言いました。見た目がちょっと怖い珠薊さんにも全くびびっていません。


「そうだけど」


 珠薊さんがつんとした態度で頷くと、黒髪の女の子はどきっとしたみたいに頬を染めました。


「そうですか。急にすいません、凄い綺麗な方だなって思って」

「はあ、どうも」

「バスに乗るんですよね? よ、良ければ一緒に行っても?」


 珠薊さんに見惚れているみたいに話す彼女を見ていて、なんだか違和感を覚えます。

 ……ちょっと待ってください。これ、わたし……もしかして気付かれてない……?


 嫌な予感がした直後、珠薊さんがばっさりと言いました。


「普通に嫌だけど」

「えっ、そ、それは……や、やっぱり、こんな急に声掛けて、その、ご不快でしたよね」

「いや、そうじゃなくて」


 そこで、珠薊さんがわたしの肩に手を置きました。


「連れいるし」


 そこで初めて、黒髪の子の目がわたしに向きました。びっくりしたみたいに見開かれています。


「あ……もしかして貴女も、オーディションに?」

「え、ええ、そうです……すいません、影が薄くて……」


 ぺこぺこ頭を下げます。最近、珠薊さんが以前にもましてきらきらしてきたというか、内側からスター性が溢れ出してきたせいでわたしの影が薄くなりつつあるみたいです。ちょっと辛い……。


 しかしそう思っていると、黒髪の子は斜め上の所から爆弾を落としてきました。


「ああいえ、〝気付いてはいたんですけど、まさかアイドル志望の方だと思えなくて〟」


 その一言で身体が凍り付きます。

 同時に、珠薊さんが黒髪の子に詰め寄りました。


「あのさ、喧嘩売ってんの?」

「あ、い、いえ、そういうつもりは全く! でもその、アイドルってもっときらきらした、才能ある人がなるものだと思っていたので」

「は? 何の話してんの?」

「何の話って、そちらの方をアイドル志望だと思わなかった理由を、」

「あのさ、そんな話してないんだけど」


 額に青筋を浮かべた珠薊さんが、黒髪の子の目と鼻の先まで詰め寄って、睨み下ろします。


「私は、私の連れを意図的に無視しておいて、舐めてんのって言ってんの。その上で謝りもせず言い訳して、何様のつもり?」

「っ、それは……」


 指摘されて気が付いたのか、黒髪の子はばつが悪そうにしゅんと肩を落としました。どうやら悪気があったわけではないみたいです。

 ただそうしていると、次の瞬間。


「ちょっとちょっと、あんたちーちゃんに何してんのっ!?」


 甲高い声が飛んできて、黒髪の子と珠薊さんの間に一人の女の子が割って入ってきました。


 黒髪の子と同じセーラー服に、緩く巻いた茶色の髪。猫科の動物を思わせる可愛らしい顔つきとは裏腹に、気の強そうな目つきが特徴的でした。

 こちらの方はいかにも可愛らしく、華々しくて、ちーちゃんと呼ばれた黒髪の方と並んでいるのが凄く似合います。

 まるでおてんばなお姫様と寡黙な執事さんみたいな。


「やめてよね、うちらこれから大事なオーディションなんだから! ヤンキー風情が、いくらちーちゃんが可愛いからってつっかかってこないでよ」

「は? 今度は何? あんたも喧嘩売ってんの?」

「喧嘩売ってんのはちーちゃんにつっかかってきてたあんたでしょ!」

「ちょ、ねねちゃん。違うから、私がまた余計なことを、」


 三人が言い合っているうちに、周囲からの視線が痛くなってきました。

 流石にこれ以上騒ぎを大きくすると、色々まずいような……あちらのお二人もオーディションの参加者みたいですし、揉めていたのが運営の方々に知られたら印象も悪くなりそう……。


 そう思って、わたしと同じ制服を着ている珠薊さんの袖を引きます。


「ま、まあまあ、珠薊さん。わたしは気にしてませんし、ちょっと勘違いしている所もあるかもですので、一旦落ちついて話し合いを、」


 しかしそんなわたしの言葉に、ねねちゃんさんという方が目の端を尖らせて言い返してきました。


「勘違いしてるって何? 勘違いしてるのはそっちでしょ? そんだけ地味でちんちくりんで貧相なのにアイドル? 笑わせてくれる。どうせたまたま一次受かっただけの記念受験でしょ」


 止まらずに、ねねちゃんさんはわたしをじろりと睨みました。


「体作りもまともに出来てない奴が〝思い出作り〟に来ないでよ。こっちは真剣にアイドル目指してるんだから、勘違いお馬鹿は引っ込んでてくれる? やる気すら無い才能無い奴が夢見て良い場所じゃないのよ、アイドル業界ってのは」


 ヒートアップしたようなその言葉に、呼吸が止まります。

 確かにアイドルを目指し始めたのは夏ごろからで、まだ五か月くらいしか経っていなくて……菖蒲ちゃんと鍛えてはいますが、体質的に筋肉が付き難くて、体力もそうそう伸びなくて……。


 でもわたしなりに、がんばってきたのに。


 気付かないうちに珠薊さんの袖を掴む手が離れて、それに気が付いた彼女がぶわりと上半身を膨らませました。


「あんたっ、言わせておけばっ!!」


 しかし、そうやって珠薊さんが激昂してねねちゃんさんの胸ぐらを掴み上げようとした時、駅前の停車場に一台のバスが止まったのが見えました。

 そしてILCという、アイドル・リーグ〈Colosseo〉のスタッフジャンバーを着た大人が降りて来るのが見えます。


 何よりも、その中の一人がギャラリーまででき始めたこのいざこざを遠目に一瞥したのが見えて。


 すうっと、体温が下がったのがわかりました。


 そして、すかさず怒り心頭な珠薊さんに後ろから飛びついて頭突きをします。


「すとーっぷ!」

「ぐふっ、ちょ、きゅ、急に何!?」


 腕に力を込めて抱きしめると、わたしに引っ付かれたと気付いた珠薊さんは頬の朱の色を怒りから照れに変えてくれました。そんな彼女に、にこっと笑顔を向けます。


「珠薊さん、わたしのことを連れとかなんとか、とっても嬉しいです! つい二か月前まで絶対に友達だって認めてくれなかったのに」

「は、はぁ? 急に何の話?」

「わたしの為に怒ってくれて嬉しいって話ですよ! でもほら、わたしが地味でちんちくりんなのはホントのことですし。あ、でもきちんとアイドルは目指してますので、お二人とも、お互い頑張りましょうね!」 


 それだけ言って、ぐいぐいと珠薊さんを停車場まで引っ張っていきます。ちょっと強引な手段ですが、珠薊さんがわたしを大好きで助かりました。

 そうしていると、後ろから鼻を鳴らす音が聞こえます。


「ふん、あそこまで言われてへらへらしてるとか、お遊びの奴はお気楽でいいわね」

「えっと、いや……って、あれ、もうバスが…………あ、もしか、」

「わっ、本当じゃない! ならあんな奴らに構ってられないし、行こ! あ、その前にトイレ行っとこ。どうせちーちゃん後で行きたいって言いだすだろうし」


 ねねちゃんさんの言葉が突き刺さり、ずきんと胸が痛みますが、意識して肉体と感情を切り離します。


 大丈夫。そういうのは得意ですから。

 それきり、彼女達の気配は騒音とも言える沢山の人の気配に紛れてしまいます。


 そうして珠薊さんと二人でバスまで歩いて行き、乗り込み口のスタッフさんに名前と合格番号を伝えて座席に向かいます。自由に座って良いとのことでしたので、もちろん珠薊さんと隣です。


「気にしなくていいからね、あんな奴ら。小鈴は立派なアイドルだから」


 窓際をわたしに譲ってくれた後、荷物を網棚に置くのも手伝ってくれてから、腰を下ろすなり珠薊さんはそう言ってくれました。やっぱり優しい方です。


 でも、余計に心配をかけたくありません。

 わたしなんかのことで、こんなに素敵な珠薊さんの足を引っ張りたくはありませんので。


「ふふっ、珠薊さんって本当にわたしのこと大好きですよね」

「はぁっ!? ちょ、ああもう、心配して損した。急に変な事言わないでよ」


 ぷいっとそっぽを向いてしまう珠薊さんはやっぱり可愛いです。背も高くて、スタイルも良くて、運動神経も良くて、こんな人がアイドルになるんだろうなって本当に思います。


 でも、わたしはそうじゃない。

 しかし、そんなことは百も承知です。元々自分がアイドルになれるかどうかなんて考えていません。

 だってそんなのいざ考えたら、なれるわけがないって結論に行きつくから。


 それでもわたしはアイドルにならないといけないんです。

 菖蒲ちゃんが、こんなわたしを選んでくれたから。


 わたしの人生を救ってくれた菖蒲ちゃんに、恩返しをしたいから。

 だから……大丈夫。

 そう、自分に言い聞かせます。

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