6話 闘争の熱量に気を取られて/珠薊瑠璃
昼休みが終わって一つ目のコマは、来月頭にあるという文化祭についてのホームルームだった。
担任からこの高校の文化祭の概要を説明されて、出し物を決めて、各クラスから選任しないといけないっていう実行委員も決めて、みたいな退屈な時間。
クラスで浮きまくっている私には殆ど関係がない話だ。
だからかその間、私は昼休みにあったことばかり考えてしまっていた。
小鈴蘭丸。悪くない顔をしてはいるけど、運動神経も悪く、どんくさくて、ちんちくりんでひょろくて、これといった長所が一つもないぽんこつ女子。
強いて言えば、思いの外ガッツというか根性はありそうってくらい。
そう思っていたのに。
『この世で最も大切な人を救う為なら、アイドルにだって鬼にだって、なんにでも成りますから、わたし』
旧校舎の非常階段で面と向かってそう言われた時、ぞっとした。
それは硬い覚悟に塗り固められた声音であり、一切揺るぎのない眼光であり、真に迫ったような面貌。
思い出したのはフィギュアをしていた時のこと。まだ私が怪我を知らなかった小学生時代。全国のライバル達と表彰台を奪い合っていた時の、あの殺意にも似た情熱。
この子達に勝つためなら。この氷上で最も美しく輝くためなら。
何を捨てても惜しくない。
生半可な想いじゃなかった。一番に成るというのは、金メダルを獲るというのはそういうことだった。だからみんな誰よりも長く、誰よりも濃く練習をしようとして、それだけに二十四時間を注いで、それは私も一緒だった。
その時感じた決死の闘争の熱量を、久しぶりに真正面から浴びたんだ。
まるで、いきなり顔面をぶん殴られたみたいだった。
一体何が小鈴蘭丸にそこまで言わせるのかはわからない。あいつにアイドルとしての才能がなさそうだなんてのは、私にだってなんとなくわかるのに。
でもあの覚悟を前にして、その気持ちを認めないなんてことは、私には出来なかった。
己が身の全てを燃やし尽くすような情熱っていうのがどれだけ痛くて、怖くて、けれども何よりも尊いということを……私は知っているから。
「…………」
指先で机を叩きつつ、頭から離れない小鈴蘭丸の覚悟を何度も反芻してしまう。
……てか、小鈴蘭丸が幼馴染とアイドルになることで大切な人を救えるって、どんな状況なの?
そうやってつい湧いてきた興味に苛まれていると。
「……さん。珠薊さん!」
すぐ横から名前を呼ばれてはっとする。
「あ、うん」
顔を上げると、そこには隣の席で満面の笑みになっている小鈴蘭丸が居た。
相変わらず小学生と言われてもぎりぎり頷けてしまう位のちんちくりんで、子犬みたいにきゅっとした可愛らし……そこそこそれなりの顔立ちの女の子。
違う、私はこいつを可愛いだなんて思ってない。
「何?」
問い返すと、彼女はによによしながらむんっと両拳を握った。
「頑張りましょうね!」
「は? 何を?」
「何って、実行委員ですよ!」
「…………は? 何の話?」
急に何を言い出しているんだこいつは。思わずそんな感情を隠せずにいると、小鈴蘭丸はしてやったりとばかりに黒板を指さした。
「何って、今決まったじゃないですか。わたしと珠薊さんが実行委員だって」
「は? ……はぁ!?」
慌てて前を見ると、学級委員が議長を務めるホームルームにて、確かに黒板の実行委員の欄に私と小鈴蘭丸の名前があった。
「い、いつの間に……」
「えへへ、誰も立候補者がいなかったので、わたし立候補しちゃいました。でも二人選出しないといけないみたいだったので、珠薊さんを推薦したんです」
「ちょ、聞いてないんだけど!?」
「それは考え事してて〝聞いてなかった〟珠薊さんの責任では?」
「ぐっ!」
こ、こいつぅ~っ!!!!
何も言い返せずにいると、私にびびっているクラス全体を差し置き、小鈴蘭丸が「ささ、どうぞ、続きを」と学級委員長に促してホームルームが再開する。こいつのメンタルはどうなってんの!?
「あんた、覚えてなよ」
しぶしぶ納得しながら小声で恨み節を発すると、小鈴蘭丸はきょとんとした後、「頑張りましょうね!」と再度拳を握って見せた。
調子が狂う……。
ため息を吐いて、もうどうにでもなれと窓の外へと視線を投げだした。
⭐︎
放課後、早速文化祭実行委員の会議があるということで、私と小鈴蘭丸は多目的ホールに移動した。
ざっと見ただけでも四十人くらいは生徒が集まっている。上級生はやる気がありそうで、私達みたいな一年生はだるそうだった。
そうして集まった私達に、文化祭実行委員長という肩書の三年生が挨拶をして、活動内容を説明していく。
これから来月の文化祭当日まで、毎週月木の放課後に集まること。
部活生も考慮して活動時間は一時間前後を予定しているけど、文化祭が近くなってきたら居残ってもらうことも増えるだろうということ。
加えて、当日には実行委員お疲れ様クーポンが配られるから頑張ろうだとか、そういった諸々。
終始だるそうとばかり考えていたけど、そんな一回目の集まりがきっちり一時間で終わったことを鑑みれば、今年の実行委員長は仕事が出来そうだなとも感じた。
私は輪の外に居たけど、それなりにみんなのモチベーションを高めていたし。
ただ、油断した時だった。
「じゃあ、最後に文化祭実行委員のライングループ作るから、みんな入ってね。仕事の連絡とかここでするから」
げぇっと思った。クラスラインにも入ってない身としては、こういうノリも好きではない。
私が見た目を不良っぽくしてるせいか知らないけど、中学の時にラインで口説いてくるだるい男子とか、ハブろうとしてくるだるい女子がそこそこ居て、面倒だったんだよね。
なんでああいう奴らに限って、面と向かって何も言えないのにだらだら絡んでくるんだか。
でも、断れる流れじゃないしな。
そうして辟易としているうちに、活動的な女子の実行委員長が近寄ってくる。
「初めまして、よろしくね! じゃあはい、これQRコード」
「ああ、はい」
まあ文化祭が終わったら抜けて、だるそうな奴らが居れば全員ブロックすればいいか、その作業さえだるいけど、と思いながら鞄のポケットに手を突っ込んだ時。
すっと横から小鈴蘭丸が割って入って来て、私に差し出されたQRコードを読み取る。
「すいません、先輩。実はこの子お家が厳しくてスマホ持ってないみたいでして……代わりに同じクラスのわたしが連絡事項は伝えますので」
「え、そうなの? 大変だね……でも、りょーかい! 家庭はそれぞれだよね! 気にしないで!」
「え、あ、はぁ……」
曖昧に頷いているうちに、女の実行委員長は別の女子の所に行ってしまう。
その背を見送りつつ、たぷたぷとスマホを操作している小鈴蘭丸を見下ろす。
「……何のつもり?」
「はい?」
「だから、今の。私普通にスマホ持ってるけど」
鞄からスマホを取りだして見せると、小鈴蘭丸はきょとんとしながら言った。
「知っていますが……教室で触ってるの見たことありますし」
「じゃあなんであんなことしたの?」
「だって珠薊さん、こういうの嫌な人……ですよね? クラスライン入ってないですし、さっきも凄い嫌そうな顔してましたし」
見透かされたとは違う、純粋な思いやりに溢れた眼差しに言葉が出てこなくなる。
「無理やり実行委員にしちゃったのはわたしですが、それはアイドルの勧誘をする為に接点を持ちたいからであって、珠薊さんに嫌な思いをしてほしいからではありませんので。わたしに責任がある以上こういうフォローもしますし、仕事も頑張りますから、心配なさらず!」
むきっと、あるかどうかもわからない力こぶを作ってみせる小鈴蘭丸から目が離せなくなる。本当になんなのこいつ。
でも……でも。
「あっそ」
ため息を吐く。多目的ホールにはまだ文化祭実行委員がたむろしているけど、帰っても大丈夫な空気だ。
そこで、小鈴蘭丸に言った。
「行くよ」
「え?」
「帰るよって言ってんの。もう居残る理由ないでしょ」
そうして二人して一抜けすると、廊下を突っ切り、下駄箱まで階段を下りていく。その最中、小鈴蘭丸はにこにことしながら言った。
「下校に誘ってくれるなんてようやくアイドルに興味が、」
「ないから。勘違いしないで」
「うぅ……」
しょぼんとした顔が、やっぱり子犬みたいでかわい……じゃなく。
下駄箱に辿り着き、靴を履き替えて、昇降口を出る。もたもたとしている小鈴蘭丸を、夕陽の中で待つ。
確かに私は、アイドルに興味はない。
だけど。
「お、お待たせしましたぁ」
靴を履き替える要領さえ悪い小鈴蘭丸がぱたぱたと駆けてきて、そんな彼女の眼前にスマホを突き出す。
画面には、私のラインのQRコードが表示されていた。
「ん」
すると、小鈴蘭丸は目を白黒とさせながら私と私のスマホを交互に見た。
「あの……これは?」
「そもそも実行委員になったのは私の落ち度だし、あんたに助けられたみたいなのも癪だから、あげる。あんたも実行委員のグループであった事を私に伝えるなら、連絡先くらい知ってた方がいいでしょ?」
すると一拍置いて、小鈴蘭丸は表情を輝かせた。すかさずスマホを取り出し、私のQRコードを読み込んで友達申請を送ってくる。
「えへ、えへへ! ようやく一歩前進! ありがとうございます!」
「……こんなことで、何で馬鹿みたいに笑ってんの、もう」
子供みたいな笑みに相変わらず調子を崩される。
まあその、私としてもさ。アイドルに対しての興味は皆無のままだけど、この小鈴蘭丸とかいう奴に関しては、興味がないと言えば嘘になるから。
「ほんと、変な奴」
それから付いてくる小鈴蘭丸と一緒に帰路を辿り、駅で分かれて電車に乗って、家へと向かう。
いつもと変わらない下校路なのに、不思議と短く感じた。
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