第22話 ユミナの初配信②
歌が上手い、と一口で言ってもそこには様々な要素が含まれている。
天性の声質に、音程の正確さや、発声のコントロール、ビブラート等の歌唱テクニックなど……それらのバランスが高いレベルでまとまっている人を、”歌が上手い人”と呼ぶのだ。
そして彼らには、往々にして得意な領分というものがある。
例えばお歌ガチ勢を自称する、同期の夜桜ミュウ。彼女は声音の変化や多様なテクニックを駆使する、宛らテーマパークのようなトリッキーな歌唱を得意としている。
では、同じく高い歌唱力を誇るユミナの場合は――?
――――――
〇🔦🔦🔦🔦🔦🔦
〇🌽🌽🌽🌽
〇うっっっま
〇🔦🔦🔦🔦🔦
〇あかん泣く
〇歌が上手すぎる
〇全力で歌ってるのが伝わってきていいね
〇歌声に感情が全部乗っててすごい
〇うおおおお
〇🌽🌽🌽🌽🌽
〇😭😭😭
〇めっちゃ楽しそうに歌うのすき
〇目から汗が…
〇なんか胸が締めつけられる・・・
〇えげつない表現力
〇幸せになっちゃうううううう
〇これは天才アイドルですわ
――――――
流れていくチャット欄の文言に、思わず笑みが漏れる。
俺の個人的な見解だが、
明るく透き通った天性の歌声に、小さな体の中で暴れ回る感情の奔流を、余すことなく乗せる力。
あるいは本人は意識すらしていないのかもしれない。
好きな曲を、好きなように歌っているだけ。
ほとんど無意識の内に、自分の気持ちを表すのに最も適した歌い方を選び取っている。
嬉しいときや楽しいとき、その声は踊るように高く弾んで……悲しいときや寂しいときは、静かにそっと染み入るように響き渡る。
いっそ暴力的なほどの感情の発露は、聴く者の感情を強く揺さぶる。
気が付けば、彼女の歌声が作り上げる世界に引き込まれているのだ。
「凄いコメントの勢いねぇ。みんな沢山褒めてくれてるわ」
「ふふふ、当然だろう! うちの娘は世界一可愛くて歌が上手な、最高のアイドルなんだからな!」
感心したような母さんの呟きに、両手のサイリウムを振り回しながら父さんが胸を張る。よく見れば目元にうっすらと涙が滲んでいた。
無言のままだが、俺も心情としては父さん寄りだ。
スタートラインの上に立つことの期待と不安、それを支えてくれる傍らの”愛”を謡う曲を、高らかに歌うユミナ。
ついに夢への第一歩を踏み出したユミナ自身の感情と、楽曲に籠められた情熱が重なり、大きなうねりとなってリスナーたちを呑み込んでいる。
アウトロの最後の一音が響き……一拍遅れて、チャットはユミナを称賛するコメントで溢れていた。
その勢いは凄まじく、一瞬チャット欄がバグってコメントを読み込めなくなってしまうほどだった。
『ふぅ~~っ! たっっ……のしかったぁ~~~っ!! やっぱり全力で声を出して歌うのってすっごく楽しくて気持ちいよね。今日はスタジオだから、どんなに大声出しても誰にも怒られないし! スタップさんたちもありがとうございます!!』
『みんなはどうだった? 楽しんでくれたっ? あはは、コメント速すぎて全然読めなーい! けどめっちゃ褒めてくれるのはわかるよ! みんなありがと~~!! 大好き~~!!』
――――――
〇👏👏👏👏
〇👏👏👏👏👏
〇最高
〇👏👏👏
〇マジで泣きました
〇よかったよーー!!😭😭
〇サイコーー!!👏👏
〇👏😭👏😭👏
〇スタッフさんありがとう!
〇めっちゃ楽しかったです!!!
〇コメント早すぎて読み込めてないw
〇ありがとう!!
〇うっ
〇こちらこそ大好き
〇今告白された??好きです
〇あかん可愛すぎる
〇@kotamakonoha🔧 姫最高です!!!!!歌うますぎ!!!!!
〇@kotamakonoha🔧 見なよ…あたしの姫を…
〇@kotamakonoha🔧 あたしの同期がこんなに可愛いわけがない
〇同期もよう見とる
〇連投荒らしいない?
〇同期厄介オタクで草
〇てぇてぇ・・・?
――――――
『このちゃんいる? 見てくれてありがとー、今度一緒に歌ったりゲームしようねっ! んー……それも”ミーム”ってやつ? わたしそういうの全然わかんなくてさー』
『このちゃん……あっ、同期のこのはちゃんってアニメとか漫画にすっごく詳しくてね! 色々おススメしてもらってるんだ~。それも今度教えてね!』
――――――
〇オタクで草
〇ミームに詳しいはギリ悪口
〇純粋かわいい
〇知らなくていいから…(良心)
〇そのままのきみでいて
〇@kotamakonoha🔧 もちろんたくさん教えちゃうよ~!💚💚
〇@kotamakonoha🔧 オタクくん見てる~?純粋な姫をあたし色に染めちゃいま~す!www
〇もしもしポリスメン?
〇だれかこいつを止めろ
〇これはてぇてぇではない(断定)
〇通報しますた
――――――
……随分個性的な同期だな。
このは――
美冬と同年代ながら重度のオタク気質で、確か初対面で美冬にプロポーズをぶちかましたのも彼女だったはずだ。
Twitcherでも古のネットミームを連発して、リスナーにツッコまれたり逆に突っかかったりと、初配信もまだながら独自の関係性を構築しているようだ。
『自己紹介しまーす! 名前は神城・A・ユミナ、アイドル目指してがんばる16歳でーす! 好きなことはいっぱい! 歌とかゲームとか、色々思いつくものはあるんだけどね。これからVtuberとして活動していく中で、みんなと色々なことを経験して……きっとこれからもどんどん増えていくと思うの! だから今は”いっぱい”!』
なんとも美冬らしい考え方だ、と苦笑する俺の肩を、父さんが軽く叩いてきた。
「なぁ秋良。あの右下の数字、さっきからどんどん増えてるが……あれが今この配信を見てる人数ってことでいいのか?」
「あぁ、それで合ってる。生配信の同時接続数、同接数とも言うな」
「おぉ……つまり、俺たちみたいに美冬のライブに来てる人が1万5千人以上いるってことか。とんでもない規模だな、地下ドルどころかメジャーアイドルでも箱を埋めるのに苦労するレベルだぞ……」
うぅむ、と腕を組んで唸る父さん。
現実のアイドルと比較できるものでもないが、確かに驚異的な数字だ。
ここまで見てくれている人なら、ほとんどがユミナのファンになってくれたことだろう。当然兄としての贔屓目は多分に含まれている。
「ファンの歓声が聞こえなかったり、アイドル本人との交流が希薄なのは残念だが、箱の収容人数の制限がないことや準備の手軽さは明確な利点だなぁ」
「お父さん、今のVtuberは3Dモデルを使ったリアルライブなんかもやってるらしいわよ」
「ほほう! あれか、初〇ミクのライブみたいなものか」
まぁ大体そんな感じ。……父さんは結構ディープなオタクだったんだな。
そもそもVtuber文化の開闢期における活動は、3Dモデルを活用した動画投稿が主流だったことを思うと、ある意味で原点回帰と言えるのかもしれない。
俺たちがそんな話をしている内にも、ユミナの自己紹介は進んでいく。
『次は、主な活動内容だね。アイドルなら当然、歌とダンスだね! ダンスの方はしばらくはみんなに見せられないから、その分歌うよー。めっちゃ歌う! 歌ってみる動画もいっぱい出したいし、歌枠もやりたい!』
『みんなとお話もしたいから、雑談もたくさんしたい! もちろんゲームもやるよ! ……けどわたし、ゲームあんまり上手じゃないんだよねー。よくお兄ちゃんとゲームやるけど、毎回コテンパンにされちゃうし!』
――――――
〇歌ってみる動画楽しみ!
〇3Dはよ
〇歌枠うおおお
〇無理はせず毎秒歌ってほしい
〇目指せトップアイドル!🎤✨
〇ええ子や…
〇かわいい
〇マシュマロ開設する予定はありますか?
〇雑談めちゃくちゃ元気もらえそうでいい
〇ゲーム苦手かw
〇あっ
〇おっ?
〇お兄ちゃんいるんだ!
〇[メッセージが削除されました]
〇その話聞きたかった
〇あっふーん
〇お兄ちゃんってアレンさんのこと?
〇アイドルが男の話してええんか
〇仲いいんだね
――――――
ユミナの口から放たれた”お兄ちゃん”という単語に、俄かにざわめき始めるコメント欄。
大多数は純粋な驚きや興味を示すコメントだが、ごく少数男女関係を邪推する書き込みが混ざり、すぐさまモデレーターによって削除された。
昨日の
ふと父さんの方を見れば、何やら納得顔で頷いていて、
「あ~、Vtuberでも
リアルとネットの違いこそあれど、アイドルの推し活の在り方に大きな差はないらしい。
一方の母さんは、少し遣る瀬無さそうに溜め息を吐いた。
「そういうものだからって、娘が心無い言葉を投げかけられるのを見るのは辛いものだけどね。……あぁ、心配しないで、秋良。ちゃんと美冬……ユミナ本人と、事務所の方ともそういうリスクについては話し合ってるから」
気遣わしげな視線を向けていたのを察されたのか、母さんはこちらを見て柔和に微笑んだ。
美冬がまだ未成年である以上、保護者に話を通して許諾を得るのは当然の話だ。
「あの娘は人の悪意に鈍感なところがあるが、それでも中傷を受ければ傷つくことに変わりはない。もちろん俺たちも親として見守るつもりだが、この業界には疎いからな。お兄ちゃんとして守ってやれよ!」
「あなた自身のことも大切にしてあげなさいね。家族なんだから、何かあったら気軽に相談しなさい」
「……わかってる、ありがとう」
両親の暖かい激励に、俺も笑って頷いた。
『そうだ、これも言わなきゃなんだった。知ってる人も多いと思うけど、「エコーリンク」の神代アレンさんは、わたしの実のお兄ちゃんでーす。わー! ぱちぱちぱち!』
『ちょっとぶっきらぼーで口うるさい時もあるけど、優しくてかっこいい自慢のお兄ちゃんです! ……えー? ブラコンとかじゃないよぉ、むしろお兄ちゃんがわたしのこと好きすぎるんだって!』
――――――
〇おー!
〇マジで兄妹なんだ・・・
〇お兄ちゃん呼びかわいい
〇[メッセージが削除されました]
〇お隣さんだ
〇888888
〇お兄さんの配信から来たエコリスです!ユミナちゃんかわいい!💓
〇兄妹揃って声がいい…
〇ヴッ
〇かわいい
〇いいお兄ちゃんだ
〇お兄ちゃん大好きじゃん
〇ブラコンたすかる
〇ちょっと嬉しそうでいい
〇こんな可愛い妹いるとか勝ち組すぎるだろ隊長
〇シスコンバラされてて草
〇[メッセージが削除されました]
〇隊長ってそうなんだ・・・w
〇嫉妬で狂っちまうよ
〇隊長うらやま
〇隊長のアンチになりそう笑
〇そりゃシスコンになりますわ
――――――
「自慢のお兄ちゃんですって、秋良」
「……ノーコメント」
「お前は昔から美冬に甘かったからなぁ。シスコンで強ち間違ってないんじゃないか」
「ノーコメント!」
甘いとか父さんに言われたくねぇ。
美冬のやつ、風評被害を撒き散らしやがって……何がシスコンだ、羨ましいだ。こいつらに、リアルの妹はそんないいもんでもないぞと言ってやりたい。
確かに時々元気をもらったり癒しを感じることは否定できないが、小さなワガママや考えなしに行動するところに頭を痛めることもしばしばだ。
その苦労が羨ましいと言われれば、何も言えないけども。
しかし、これだけ派手にぶちかましたのに、コメント欄が大きく荒れる様子がないのは嬉しい誤算だな。
一夜間を置いたのが大きかったか、ユミナの放つ圧倒的な”陽”のオーラに、アンチたちも浄化されたということか。
……というのは冗談としても、大半のコメントが暖かく受け止めてくれている状況で、首を突っ込みづらくなっているのかもしれない。
そうなるとこの後の俺の配信に乗り込んでくる可能性があるが、それは俺が対処すればいい話だ。ユミナの配信を荒らされるより100倍いい。
画面越しの俺の思案に気付くはずもなく、ユミナはけらけらと笑いながら話を続けた。
『いきなり「LuminaStageでデビューするよ!」って伝えて、お兄ちゃんをびっくりさせようと思ったのに、逆にびっくりさせられちゃったもん。……そう! オーディション受けたことすら知らなかったんだよ! お兄ちゃんも言ってくれればよかったのにー』
『すごくびっくりしたし、すごくうれしかったな。ずっと憧れだった夢の舞台に……お兄ちゃんと一緒に立てたんだもん。楽しいことは、大好きな人と一緒に分け合うと、もっと楽しくなっちゃうもんね!』
『だから、わたしはみんなのことを大好きになりたい! そして、わたしのことをたくさん知って、大好きになってほしい! おしゃべりでもゲームでも、歌でも……わたし、全力でがんばる! みんなにたくさん応援してもらえるような、すっごいVtuber目指して頑張っちゃうから!』
溌溂とした宣言に、我知らず笑みが浮かんだ。
その言葉から伝わる燃えるような熱意に、肌がじりじりと焼かれる錯覚すら覚える。
ユミナの歌声に秘められた武器を”表現力”と評したが、その根幹を為す”感情を伝える力”は、当然彼女が放つ言葉にも込められている。
熱狂に加速するコメント欄と、感涙に咽びながらサイリウムを振り回す父さんを横目に……俺も掌中のそれを握り締めた。
今だけは――美冬のファン第一号として、彼らに倣うとしよう。
『いつか、みんなの笑顔をこの目で見られるように――夢はでっかく、おーーーっきなステージでリアルライブ!!
今日はその夢の第一歩! 楽しい時間はあっという間で、もうお別れの時間になっちゃうけど、最後まで楽しんで行ってねっ!!』
──────
更新が遅れて大変申し訳ありません。
シンプルな多忙に、謎のスランプのようなものに陥って碌に書けていませんでした。
この章は次回で一旦締めることになると思います。
(12/18 23:00)
ユミナの発言について、「Vtuberになれた」旨の発言が流石にメタすぎるなと感じたので少し修正しました。話の流れに変更はありません。
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