第21話 ユミナの初配信①

 アレンの初配信から一夜明け──ついに、美冬ユミナの初配信の日がやってきた。

 スタジオに向かう車内ではそわそわと落ち着かない様子の美冬だったが、そこに緊張の色は見られず……修学旅行前日のような、心地よい高揚感に浸っているようだった。


「元気で明るくて、アイドルの素質に溢れたユミナちゃんがばっちりキメちゃうからさ! ちゃんと見ててよお兄ちゃん! 余所見厳禁だからねっ!」


 昨夜の俺の発言を当て擦るような快活な宣言と、飛び散る星を錯覚するやけに上手いウインク。

 「送ってくれてありがとー!」と感謝の言葉を残して駆けていく美冬の背を見送って、我知らず強張っていた体の力がふっと抜けていくのを感じた。

 ……美冬なら大丈夫だ。あいつはプレッシャーをパワーに変える強さがある。もしかしたら、楽しみすぎてプレッシャーすら感じていないのかもしれない。


 安堵の息を吐きつつ、少し慌ただしく帰路に着く。

 ユミナたちの配信を鑑賞する準備はもちろん、その後には俺自身の配信が予定されている。万全の態勢を整えておかねば。


 丁寧な運転を心掛けた行きと比べて幾分か早く帰宅した俺は、軽く手を洗ってから足早に自室へ向かった。

 普段使いのノートPCとケーブルを手にリビングへ戻り、テレビとPCをケーブルで接続する。当然、ユミナの初配信をテレビの大画面で堪能するためだ……母さんと父さんが。

 俺の時はユミナのタブレットで見てたじゃないか、と思わなくもないが……まぁ、とっくに成人した息子と可愛い高校生の娘で対応が違うのは、当然と言えば当然か。


 Vtuberという先行きも不透明な業界に、兄妹揃って足を踏み入れることを許してもらい、その上応援までしてくれているのだ。感謝こそすれ非難などあるはずもない。

 聞けば俺たちの配信を視聴するために、Wi-Fi接続が可能なテレビへの買い換えまで予定しているらしい。両親の心意気に応えるためにも、気合いを入れて励まなければ。


 ちなみに昨日の初配信について、両親からはお褒めの言葉を頂けた。

 「もう十年以上前のスピーチ大会で優勝した時のことを思い出した」と言われたが、果たして喜んでいいものか……?


 そんなことを考えながら、リモコンを操作してテレビの入力を切り替えると、手元のノートPCと同じ画面が表示された。

 試しに自分アレンの初配信を流して音量等の確認をしていると、丁度そのタイミングで両親が帰宅したようだ。


「ただいまー。あら、準備ありがとうね秋良。これで大画面で娘の晴れ舞台を目に焼き付けられるわね!」

「今日はめでたい日だからな、酒とつまみも色々買ってきたぞぅ。お前も飲むだろ?」

「俺はこの後配信あるって言ったろ。悪いけど今日は飲めないよ」


 テレビを見て目を輝かせる母さんと、手に持ったビニール袋を掲げる父さん。

 上機嫌に微笑む様子に少し申し訳なく思いながら断ると、父さんは小さく首を傾げて、


「そういうもんか? むしろ少しぐらい酒が入ってたほうが、口の滑りもよくなって話しやすいと思うんだが……」

「それはお父さんみたいな吞兵衛だけよ。ただでさえ秋良は私に似てお酒に弱いのに」

「ついでに言うと、配信者はあまり口が滑りすぎるとよくないからな」


 流石に通常配信一発目に酒を入れて臨む度胸はない。ただでさえ厄介な層に目を点けられている現状なのに、更に炎上リスクを重ねたくないし。


 着替え等を終えた母さんが、缶ビールとおつまみをテーブルに並べるのを横目に、画面にユミナのチャンネルを表示させる。

 アイコンに配置されたオッドアイの少女を見て、父さんがほうと呟いた。


「あれが美冬のアバターか。可愛さは……互角、と言ったところかな」

「何言ってんのよ。それにしても、まだ配信してないのにもう3万人も登録してくれてるのねぇ。やっぱりアバターの可愛さから?」

「それもあるけど、事務所箱推しの人とか……あと『LuminaStage』はデビュー前から公式サイトでサンプルボイスを公開してるから、そっちで気になった人もいるかもな」


 ……あとは、話題の兄妹Vtuberにを見物に来たり、俺の初配信から興味を持ってくれたリスナーさんもいたりするかもしれない。

 無用な負担をかけてしまう以上、少しでもユミナの活動に寄与できていることを願うばかりだ。


 そんな俺の内心を余所に、母さんたちは感嘆の声を漏らした。


「へぇ、凄いのね」

「まぁウチの美冬の声は世界一可愛いからな! ……おっと、おれもそろそろ準備するか」


 そう言っていそいそとリビングを後にする父さん。はて、準備とは……着替えだろうか。

 首を傾げる俺とは違って、母さんは何か思い当たりがあるのか小さく溜め息を吐いていた。


 待つこと数分。リビングへ戻ってきた父さんの変わり果てた姿に、俺は大きく目を見開いた。


「と、父さん……!? な、なんだその、年季の入った法被とハチマキ……!? サイリウムまで……!?」


 コテコテすぎて逆に見かけないぐらいのヲタクスタイルで登場した父さんは、合計6本のサイリウムを指の間に挟んで謎のポーズをキメている。ノリノリだ。

 呆然と二の句を継げずにいる俺に、母さんが苦笑を浮かべながら説明してくれた。


「お父さんね、昔地下アイドルの追っかけやってた時期があるのよ。見ての通り結構深くハマってたタイプで……結婚してからはライブに行く回数もどんどん減って、あなた秋良を身籠ってからは完全になくなったんだけどね」

「一家の大黒柱になった以上、それに相応しい振る舞いをするべきだろう。…………正直遠征に使うお金も時間もどんどん減ってきて、限界だったし……」

「……知りたくなかったような、知れてよかったような……」


 哀愁漂う表情で差し出されたサイリウムを思わず受け取ってしまう。俺にも振れと……?

 未だ衝撃が冷めやらぬ俺を置いて、父さんは両手を振り上げてさらにフィーバーし始めた。


「アイドルのライブや握手会のために各地に遠征したり、CDやDVDを爆買いするのに比べれば、実の娘の活躍を自宅から無料で応援することのなんと健全なことか! ビバネット配信! ビバVtuber!」

「なんかキャラぶっ壊れてないか?」

「ほっときなさい、そのうち落ち着くわよ」

「いやしかし、コンテンツを無料で楽しむというのも、なんだか気が引ける……スーパーチャットと言ったか? そう言うのもしてみるか」

「収益化はまだまだ先だし、家族にスパチャするぐらいなら普通に小遣い渡せよ……」

「お父さんは美冬にお小遣いあげすぎ。配信用の機材も、美冬の貯めてたお年玉から出すって話だったのに、あなたが半分近くへそくりから出したの知ってるんだからね?」

「うぐっ、すいません……」


 ……随分いい機材を揃えているなとは思ったが。


 ばつが悪そうな父さんに母さんが割とガチめな説教をしている内に、その時間はやってきた。


 今日『LuminaStage』からデビューする新人ライバーは3人。

 我らが妹、神城・A・ユミナはその一番手だ。


 スマホに通知が入ったのを見て、PCのYourtubeをリロードすれば、ユミナの待機画面が表示される。

 配信画面を開き、コメント欄を出したまま全画面表示に変更する。




――――――

〇きた

〇デビューおめでとうございます!

〇ついに

〇待機~

〇待機!

〇隊長の配信からきますた

〇でびゅーおめ!待機!

〇わこつ

〇デビューおめでとうございます

〇妹ちゃんきちゃ

〇アレンリスナーですお邪魔します

〇[メッセージが削除されました]

〇楽しみ!

〇噂の天才アイドルまってた

〇デビューおめでとうございます!!

――――――




 画面を流れるコメントに目を向けると、純粋な祝福や歓迎の中に俺の名前が散見された。その合間でコメントがちらりと顔を出して、即座にモデレーターに削除される。

 大きな話題性を生んだことで、箱外からも視聴者を呼び込めた一方で……懸念通り、厄介な層まで引き寄せてしまったらしい。

 神代アレンのアカウントも事前にモデレーター権限を付与されている。あちらの事務所のチェックを摺り抜けたものがあれば、こちらで対処しなければならない。


「ついに始まるのね……」

「おぉ……! 本人でもないのに、何故だか無性に緊張してきたぞ……!」


 俄かに落ち着かない様子を見せる2人に苦笑しつつ、俺も内心では同じようなものだった。

 ――それでも美冬の強さを信じているのも、きっと同じだ。


 軽快なBGMを聞きながら、アレンからも告知しておこうとTwitcherを開いた……その時だ。



『…………~~~~っ、じれったいっ!!』


 待機BGMを切り裂くような、明朗な叫び声。

 一拍遅れて、やや唐突気味に待機画面が引っ込められて……満面の笑みを浮かべる、蜂蜜を溶かし込んだようなハニーブロンドの美少女の姿が映し出された。




――――――

〇!?

〇!?

〇なに!?

〇びっくりした

〇えっ!?

〇どうした急に

〇じれったい?

〇うおっ

〇待機画面上がってないのにw

〇急に美少女が!!

〇かわいい

〇かわいい!!

〇にっこにこでかわいいw

〇はじめまして~!

〇かわいい

〇hello

〇こんにちは~

――――――



 突然の登場に騒然となるコメント欄。

 凄まじい速度でスクロールしていく文字列も、パチパチと瞬く蒼と紅の鮮やかなオッドアイには入っていないようで……中空を見つめたまま、ぴたりと静止してしまう。

 その沈黙は数十秒ほど続き、コメント欄も困惑を見せ始めた頃、ようやくユミナの口元が小さく動いた。



『…………最初、なんて言うんだったっけ?』



――――――

〇草

〇えぇ…

〇草

〇かわいい

〇忘れてて草

〇だいじょうぶ??

〇かわいいwww

〇全部とんだ?

〇ぼーっとしてると思ったらww

――――――


 リスナーの反応もむべなるかな、本当に大丈夫だろうかと俺の心にも俄かに不安が生じ始めた時、ユミナはにっこりと笑って、



『やめやめ! あれこれ考えて言葉を探すなんてわたしらしくないもんねっ! わたしってそんなに口が上手なわけでもないし……あ、でもVtuberになったんだしそれじゃまずいカモ?』


『ごめんみんな、ちょっと待って! ちょっとだけ頑張ってみるね! えーっと、デビューできてうれしい!! 憧れのVtuberになれてうれしい!! リスナーのみんなに会えてうれしい!! あとあと……他にもいろいろ、うれしいことでい~~っぱいっ!!』


『あははっ! やばい全然まとまんないや! とにかくすっごくうれしくて楽しくて幸せで――うぅ~~~っ、じれったぁいっ!! だいじょうぶ!? みんな伝わってるっ!?』



――――――

〇やばいかわいい

〇語彙力がw

〇落ち着いて~~!

〇いきなりテンション高すぎるwww

〇いやもう好きだわ

〇声に感情全部乗ってて最高

〇まとまらなくていい!それでいい!

〇うれしいばっかで草

〇こっちも嬉しくなっちゃう

〇かわいすぎて語彙力消し飛んだわ

〇幸せのおすそ分けたすかる

〇感情の洪水

〇こんなに喜んでくれる新人ちゃん推すしかない

〇あ~~~~可愛い最高しあわせ

〇伝わってるよ~~!!!

〇幸せが伝染してきてにこにこになる

――――――


「……ふふ、あの子らしいわね」

「あぁ。これでこそだ」


 にこやかに微笑む両親の呟きに、俺も深く頷いた。


 物事を深く考えることが苦手で、言葉を選ぶことが苦手で、感情を抑えることが苦手で。

 けれど、彼女の感性はいつも物事の本質を真っ直ぐ見据えていて。

 その言葉は何にも取り繕われることなく、いつも真っ直ぐ届いて。

 その溢れんばかりの感情の奔流は、人の心に真っ直ぐ突き刺さる。



『あははっ! 伝わってる? よかったっ、うれしいな……あぁ、どうしよう! うれしいことがまた一つ増えちゃったっ! んふふ、でもこんなんじゃ、いつまでも全部伝わり切らないよね……』


『やっぱり慣れないことはしない方がいいよね! 言葉で伝え切れないなら――歌で!! わたしが大好きな歌に乗せてっ! みんなに届けるよっ!!』



 満面の笑顔と、喜色に満ちた声色で放たれた宣言。

 それに呼応するようにBGMが消え去り、アップテンポな曲調のイントロが流れ出す。



『……って、そういえばまだ自己紹介してないっ!?』


『ユミナっ!! 「LuminaStage」4期生のバーチャルアイドル、神城・A・ユミナですっ!!』


『みんなっ!! わたしと一緒に――世界中の”好き”を集めに行こうっ!! いぃぇえぇぇ~~~~ぃっ!!』



──────

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