第七話:予言の成就と騎士団との密約

翌日。


俺はD組の授業を真面目に受けているふりをしながら、頭の中では刻々と迫る**「聖者岩襲撃イベント」**の発生時間を計算していた。


ルナリアは、俺の隣でいつも通り静かに授業を受けている。時折、彼女は心配そうに俺の横顔を見てくるが、俺は笑って頷くことで応えた。


「(午後。魔族の動きはいつも午後だ。特に今日の襲撃は、騎士団の行動を左右する重要な分岐点だ)」


もし俺の予言が外れれば、俺はただの落ちぶれた三男坊として、兄ルークによって学園から追放されるだろう。 しかし、外れるはずがない。これは俺が何度も周回し、そのルートを確立させた、ゲームの強制力だ。


正午。昼食の時間。


ルナリアが弁当箱を開くと、そこには彩り豊かなサンドイッチと、可愛らしいフルーツが詰まっていた。彼女の生活の質が高いことが窺える。


「カイトさんは、昼食はいつもパン一つなのですね……」


ルナリアは、俺の机の上に置かれた、学園の購買で買ったシンプルな菓子パンを見て、心配そうに言った。


「ああ、別に平気だ。俺は朝にしっかり食べてるからな」


実際は、朝もほとんど食べていない。しかし、レベル上げで得た高い「耐久力」のおかげで、飢えは感じない。食費を削ってでも、情報収集やアイテム購入の資金を確保したいのだ。


ルナリアは少し考えた後、自分の弁当箱から、色鮮やかなタマゴサンドを一つ取り出した。


「よろしければ、これを。お昼は……誰かと一緒に食べた方が、美味しいものです」


「えっ」


俺は驚き、ルナリアを見つめた。彼女が、自分の食べ物を他人に分けるなど、原作ではあり得ない行動だ。彼女は常に他者との接触を避けていたはずだ。


「遠慮しないでください。……貴方は、わたくしに『無理するな』と言ってくれましたから。わたくしも、貴方には無理をしてほしくないのです」


その言葉に、俺の胸は熱くなった。 俺の推しは、なんて優しいんだ。


「……ありがとう、ルナリア。遠慮なくいただく」


俺はサンドイッチを受け取り、一口頬張った。優しいタマゴの味が口の中に広がる。


「(うまい……。これは、俺の人生で一番美味しいサンドイッチだ)」


彼女との距離が、また一つ縮まったのを感じた。


午後2時。授業開始から30分後。


教室のドアが、ノックもなしに勢いよく開け放たれた。


そこに立っていたのは、銀の翼騎士団の制服を身につけた伝令兵だった。彼は額に汗を浮かべ、慌てた様子でD組の教師に耳打ちをした。


教師の顔が一瞬で青ざめる。


「た、大変だ! 全員、自習! 私は急用ができた!」


教師はそう言い残し、慌てて教室を飛び出していった。 生徒たちは何事かと騒然とする。


俺は、その伝令兵が持っていた地図を、一瞬で見た。 地図の東門付近、**『聖者岩』**を示すマーカーが、赤い線で囲まれていた。


「(来た! イベント発生時刻通りだ!)」


俺は立ち上がり、ルナリアに静かに言った。 「ルナリア、少し席を外す。すぐに戻るから、ここで待っていてくれ」


「カイトさん……どこへ?」


「世界を救う、ちょっとした用事だ」


俺は冗談めかして言い、騎士団の伝令兵の後を追って教室を出た。


教務棟の廊下に出ると、そこにはすでに鎧姿のルークと、ディートハルト副団長が、硬い表情で立っていた。彼らの周囲には、数名の精鋭騎士たちが集まっている。


「カイト! 貴様の言った通りになったぞ!」ルークが血相を変えて叫んだ。


「聖者岩が、魔族の襲撃を受けた。しかも、襲撃部隊は少数で、完全に陽動だ。そして今、騎士団長は、この襲撃を『帝国軍の偽装』と断定し、主力を北へ向けようとしている!」ディートハルトが続けた。


彼らの顔には、驚き、疑念、そして切羽詰まった焦りが浮かんでいる。


俺は冷静に、彼らに向かって言った。 「俺の『知識』は、すべて真実です。騎士団長の裏切りも、アークライト家の滅亡も、ルナリアのバッドエンドも、すべて決まった未来です」


ディートハルトは、俺の肩を掴んだ。 「信じよう。だが、今はどうすべきだ!? 主力を北へ向かわせるわけにはいかない!」


「簡単です。**『予言の続き』**です」


俺は、ゲームの知識を彼らに伝える。


「魔族の真の狙いは、王都の地下にある『古代魔力炉』です。彼らは、これを暴走させてルナリアの魔力を引き寄せ、生贄の儀式を強行するつもりです」


「古代魔力炉……そんなものが!?」


「あります。そして、それを操作する『真の魔族幹部』は、現在、王都図書館の地下に潜伏しています。騎士団長が北へ向かう今が、ヤツらを叩く唯一のチャンスです」


ルークは躊躇なく剣を抜いた。 「図書館の地下! ディートハルト、俺が先行する! 貴様は騎士団を説得し、東門の守りを固めろ!」


「待ってください、兄さん」俺はルークを止めた。


「相手は原作でも手強かった魔族の幹部です。今の兄さん一人では勝てません。俺が、兄さんの護衛として、共に行く」


ルークは驚いて俺を見た。 「貴様が? D組の落ちこぼれが、騎士団の戦いに口を出すな!」


「俺の魔力制御は、兄さんも見ただろう。俺は、兄さんの『弱点』も、魔族幹部の『弱点』も知っている。俺が、兄さんを勝たせてみせます」


俺は、**「知識」と「行動力」**を証明し、ルナリアの護衛という地位を確立させる必要がある。ここで兄と戦うことが、最短ルートだ。


ディートハルトは一瞬の判断を下した。 「ルーク、カイトを連れて行け。そして、絶対にカイトの指示に従え。もし彼の予言が外れたら、その時は私が貴様を罰する!」


「承知した!」


ルークは渋々といった顔だったが、俺の才能試験での結果を見ていたためか、反論はしなかった。


俺とルーク、そしてディートハルトが選抜した三人の騎士と共に、図書館へと急行した。 王都図書館は静まり返っており、魔族の気配など全くない。


「本当にここにいるのか、カイト」ルークが剣の柄に手をかけて言った。


「確信しています。図書館の地下にある、古い魔法陣。それが魔力炉への入り口です」


俺は知っている。図書館の古書閲覧室の壁にある「目立たない染み」が、実は隠し扉を開ける起動トリガーであることを。


俺は染みに触れ、ゲーム内の隠しコマンドを思い出す。 「(この染みを左に3回撫でて、右に1回強く押す)」


ゴゴゴッ……と、重い石が擦れる音が響き、壁に隠された地下への階段が現れた。


「こ、これは……!」騎士たちが驚きの声を上げる。


「行きますよ、兄さん」


俺は先陣を切り、薄暗い地下階段を降りていった。


地下の空間は、予想通り、古代の魔力炉へと繋がる、広大な遺跡だった。 その中央に、一人の男が立っている。 漆黒のローブを纏い、顔には不気味な仮面。


「(魔族幹部、ドレイヴン。Lv70、闇と空間魔法の使い手)」


ドレイヴンは、俺たちを見て不敵に笑った。 「ふむ。王都のモグラどもが嗅ぎつけたか。だが、無駄だ。我の『空間魔法』の前に、貴様らの剣は届かん」


ドレイヴンが両手を広げた瞬間、周囲の空間が歪み始める。 原作では、この空間魔法で騎士たちが次々と無力化され、ルークも手も足も出ずに敗北する。


「兄さん! 止まれ! ドレイヴンは空間魔法で攻撃を相殺する!」


俺は叫んだ。ルークの攻撃は、すべて空間の亀裂に飲み込まれてしまうだろう。


「空間魔法だと!? ならどうする!」ルークが叫ぶ。


「知っています! ドレイヴンの空間魔法は、**『水属性の波動』**に弱い! 水が波長を掻き乱すからです! 兄さんの剣に、水属性の魔法を付与しろ!」


「水属性? 俺は炎属性しか使えん!」


「俺がやります!」


俺は、ルナリアを救うために磨いた、最も得意な魔法を発動させた。


「【ウォーター・ルーティング】!」


俺の指先から、詠唱破棄で発動された水魔法が、ルークの剣に吸い込まれるように付与される。 ルークは驚愕した顔で、彼の剣が水色のオーラを放っているのを見た。


「いけ! 兄さん! 攻撃は**『左から二番目の空間の亀裂』を狙え! そこが、ドレイヴンの魔力制御のコア**だ!」


ルークは、俺の指示が全く意味不明だっただろうが、もはや信じるしかなかった。 彼は、水属性の魔力を纏った剣を、正確に、俺が示した空間の亀裂目掛けて突き込んだ。


シュバッ!


本来なら、空間に飲み込まれるはずの剣が、水属性の波動によって空間を突き破り、ドレイヴンの体へと到達した!


「ぐあっ!?」


ドレイヴンは、予想外のダメージに呻き、彼の纏っていた空間魔法が一瞬で解除された。


「ば、馬鹿な! なぜ、私の空間魔法が……!? なぜ、貴様らはその弱点を……!」


ルークは勝利を確信し、追撃を仕掛けようとする。


「待て! 兄さん! 追撃は駄目だ! 空間魔法は解除されたが、ドレイヴンは**『瞬間移動』**で離脱する!」


俺の記憶の中の、ゲームのカットシーンがフラッシュバックする。 原作では、ルークが追撃した結果、一瞬の隙を突かれて、ドレイヴンに逃げられてしまうのだ。


「逃げられるか!」ルークは追撃を止めることなく、さらに剣を突き出す!


「ちくしょう! 兄さんはゲームの主人公じゃないんだ!」


俺は、ルークの追撃を止めるため、ドレイヴンに逃げられないための、誰も知らない裏技を発動させた。


「【グランド・フリーズ】!」


俺の魔力で、足元の地面が一瞬で凍りついた。 これは氷属性の魔法だが、ドレイヴンの瞬間移動は「地面に足がついている状態」でしか発動できないというバグ仕様がある。


ドレイヴンは足元の凍結に気づき、瞬間移動を試みるが、僅かに体が動かない。 その一瞬の隙に、ルークの剣がドレイヴンの胸元を深く貫いた。


「ぐああああああ!!!」


魔族幹部、ドレイヴンは、闇の粒子となって消滅した。 俺たちの勝利だ。


ルークは、水色のオーラを放つ剣を抜き、荒い息を吐いた。


「……勝った。本当に……勝ったぞ!」


彼は興奮と驚きを隠せない様子で、俺を振り返った。


「カイト……貴様は、本当に未来を知っているのか?」


「ああ。これで、魔力炉の暴走は回避されました。ルナリアの安全は、一時的に確保されました」


俺は、崩れ落ちそうになる体を、壁にもたれかけさせた。


ルークは、もはや俺を軽蔑の目で見なかった。 その目には、畏怖、驚愕、そして、確かな信頼が宿っていた。


「わかった。カイト。もう、お前を落ちこぼれなどと呼ばない。……アークライト家と、ルナリア嬢の命運は、お前の『知識』にかかっている。俺は、お前の剣になる」


俺は頷いた。 騎士団の組織力と、俺の知識チートが、今、正式に手を組んだのだ。 推しを救うための、最強の「組織」が、ようやく動き出した。


俺のRTAは、本格的な第二フェーズへと突入する。 そして、その頃、王都の北では、真の黒幕である騎士団長が、予言が外れたことに気づかず、偽の戦場へと向かっていた。

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