その笑顔に触れないまま

楓 紅葉

第1話

今日は寝不足だった。昔の夢は見たくはない。幸せな悪夢なのだから。帰ったら即刻寝て明日に備えないと。そう思って電車に乗ろうとしたとき、会いたい人の姿が見えてしまっていた。

「まさか…きっと人違いだ。ここにいるはずがない。」

そう自己完結してスマホを見て逃げようとしていたのだがこちらに向かっている人影があった。

「久しぶり。朔也だよね。元気にしていた。まさか会うなんて思っていなかった。」

寒くなりゆく季節の空気を、少しだけあたためるような声だった。きれいで、どこまでも届きそうな感じがした。

「まあ、ぼちぼちですか。南帆こそなぜここにいるの。」

いるはずがない、そんな感じだったので、少しだけ理由を聞いてみた。

「まあこっちも色々あって。なんかの縁だしもう少し話していかない。」

電車は終点に向かっていた。寝不足の原因になっていると分かっていても首を縦に振っていた。

「嬉しい。じゃあ決まりね。」

そう言われて、冷静さが揺らぎそうになった。でも、なんとか平常心を保った。隣に座っている彼女を意識しなければ、の話だけど。


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