華嫁は天に帰る

RUIN

第1話


私は、ルルティア・アシュレイ。

アシュレイ公爵家の娘。


私の家族は、私のことを家族だと思っていない。

いつからかわからない。

物心ついた時には、すでに彼らに嫌われていた。

いや、憎まれていたと言っていいかもしれない。

父である公爵も、母である公爵夫人も、兄である小公爵も、弟である公爵子息も。

そして、邸中の使用人にも。


理由はわからない。

でも、私のやることなすこと全て、悪い方に受け取られるのだ。

例えばお茶をこぼされた時。

「大丈夫、気にしないわ」と答えると、「大丈夫、気にしないわ(どうせあなたは消えるもの)」と捉えられる。

私は全くそんなつもりはないのに。

そして、ミスをした使用人ではなく、私が公爵に叱られて罰を受ける。


形だけは公爵令嬢を装っているが、実態を伴っていなかった。

かれこれ、10年以上、この生活を続けている。

心はもう冷え切っていた。


私が唯一安らげるのは、婚約者と一緒にいるときだけ。

私の婚約者は、この国の王太子ヒューバート殿下。

彼が私を悪く言ったことなど、一度もなかった。

それがどれだけ嬉しかったか、彼は知らないだろう。

社交界で嫌われていても、公爵家で憎まれていても、ヒューバート殿下は、私を悪く言うことはなかった。

むしろ慰めてくれた。


そんなヒューバート殿下と、半年後に結婚をする。

やっと息苦しい公爵家から離れることができると、私は内心とても楽しみにしていた。


……なのに、これは一体、何の冗談だろうか?


「ルルティア・アシュレイ!お前は聖女を殺そうとした。よってお前との婚約を破棄する。そして俺は、聖女を守るため、聖女を婚約者にする!」


今日は建国祭の夜会。

国中の貴族が集まる、年に一回の大きな行事。

そんな夜会の途中、婚約者であるヒューバート殿下に呼ばれて前に出ると、先ほどのセリフを言われた。


意味がわからない。

理解ができない。

ヒューバート殿下は何を言っているのだろう?

そもそも聖女って、誰のこと?

もしかして、隣にいる女性?

知らない、私は何も。


周囲の貴族は、公爵家の者も含めて、祝福するように拍手をしている。

私だけが、別の世界に来たみたいだ。


ヒューバート殿下が、拍手を手で制止した。


「釈明があれば、聞こう。」


「わ、私は、知りません。聖女とは、誰のことですか?殺そうとするなんて、そんな恐ろしいことをするはずありません。」


「はっ!やはり公爵家の者やお前の友人が言う通りだな。俺の前では愁傷な顔をするが、俺がいないところでは横柄な態度だとな!」


そもそも、私に友人などいない。

だって、社交界から嫌われているのだから。

 

何だろう、これは。

何て、悪夢なのだろうか?


「衛兵、この女を捕えろ!」


私が呆然としている間に、衛兵に床に押さえつけられる。


「うっ…。」


痛みに思わず呻く。

そのまま引きずられるように、会場から地下牢に移された。

会場を出る時に見た彼らの顔は、歪な喜びに歪んでいて、酷く気持ち悪かった。




ーーーーー


柔らかな布団の感触、頬を擽る暖かくて大きな手。


「ルル。」


今まで呼んでもらったことのない愛称に、優しく慈しむような声。

その声に促されるまま、瞼を上げた。


見たことのない天井に視線を彷徨わせると、知らない人物が写り込んだ。

 

今まで向けてもらったことのない微笑みを、浮かべているこの人は誰だろう?


「おはよう、ルル。気分はどうだい?」


「あ、えっと、大丈夫です。あの、ここは?私は、一体…?」


言いかけて、思い出した。

あの悪夢を。

私は捨てられた。

裏切られた。

信じてくれなかった。

全身が震え、呼吸がままならない。

思考もうまく働かない。

このまま、死んでしまうのかも。

いや、もう死んでいるのかもしれない。


「ゆっくり呼吸するんだ。吸ってー吐いてー。吸ってー吐いてー。そうだよ、上手だ。ルル、悪い夢は終わったんだ。全部悪い夢だったんだよ。」


「悪い夢?全部?」


「そう。ルルは私の隣に、愛されて生まれるはずだった。運命の悪戯で、人間界に落ちてしまったんだ。けれど今は、私の元に帰ってきた。だからもう、悲しまなくていいい。苦しまなくていい。」


「もう、いいの?苦しまなくて。悲しまなくて。」


「ああ、もういいんだ。これからは、幸せだけが訪れるよ。私が、必ず幸せにする。神は嘘をつけないからね。」


私はうまく思考が回っていなかった。

だけどもう、悲しむ必要も苦しむ必要もないと言うことはわかった。

安らげる場所だと思ったところは、全て嘘だった。

今度こそ、安心できるのだとわかると、涙が溢れた。

初めて声をあげて、力の限り泣いた。

泣いて、泣き疲れて、私は意識を手放した。




ーーーーー


ルルが全てを吐き出すように、大声で泣いて、そのまま意識を失った。

ルルをベットに寝かせると、私は寝室を出た。


「ふう…。」


いつもの執務室で、ホッと一息をつく。

ルルの前で、失態を演じなくて良かった。

ルルが、深く考え込まずに入れくれて良かった。

だがそれだけ、疲弊しているだろうことは明らかだ。

だから知られてはいけない。

私のした事は、永遠に隠し通さなければ。



私はルルの生まれた世界の創造神、シルヴェストル。

私は自分の作った世界で、たった一つの美しい魂に恋をした。

けれど彼女には、すでに夫がいた。

手が出せなかった。

彼女が生まれ変わっても、私が見つけた時にはすでに愛する人と共にあった。


だが、私は諦められなかった。

彼女が転生するたびに彼女を見守り、その恋心は煮詰められ、ドロドロとした執着心の塊になっていた。


彼女を手にするにはどうしたらいいか。

彼女が愛する人を作らないように、世界から嫌われればいいのだ、そう思った。


そして彼女の魂に印をつけ、彼女の周囲の人間が彼女を嫌うように差し向けた。

「彼女は実はこう思っている」と、耳元で囁き続けた。

そうして見事、彼女は嫌われることになった。


誤算だったのは、王太子が思いの外、抗っていたこと。

本来なら、彼が彼女の相手だったのだろう。

だから、新たな策を講じることにした。

精霊たちに、私が指定した人間に、期間限定で従うようにと命じた。

精霊たちは特に何も考えずに、命令に従った。


これで、精霊に愛された聖女の完成だ。

聖女はもともと野心が強かった。

だから利用しやすかった。

聖女に、王太子妃になれると吹き込めば、面白いほど計画通りに進んだ。

その集大成が、建国祭の婚約破棄騒動。


そして全てに絶望した彼女を、私が救うことで依存してもらう。

何と甘美な毒なのだろう。

その時がとても楽しみだ。



ああ、もちろん不要になった聖女は、あの日で終わりだ。

今後は、精霊はあの女の言うことを聞かない。


そして神の加護を受けていた彼女がいなくなって、近いうちにあの国は崩壊するだろう。


全て計画の内と言えど、彼女を苦しめた存在は、要らないからな。

要らない存在は、捨てるに限る。

全てを失った彼らは、彼女を思い、後悔に塗れながら死んでいくのだ。



ああ、ルルの目が覚めたら何をしようか?

食事か、庭園を歩くのもいい。

ルルは花が好きだから。


これからのルルとの生活は、楽しみなことばかりで仕方がない。



愛するルル、早く私に依存しておくれ。

 

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