第20話「帝都への旅立ち」
谷での祝宴から数週間後、私は皇后としてアストレア帝国へ向かうための準備を進めていた。谷の運営は、私が育てたティムをはじめとする若者たちと、ゴードンやセバスのような経験豊富な者たちに任せることにした。彼らなら私が不在でも、この谷をしっかりと守り、さらに発展させてくれるだろう。
「お嬢様、お忘れ物はございませんか?」
アンナが、甲斐甲斐しく私の荷物を点検している。彼女も、私の侍女として一緒に帝国へ来てくれることになった。
「大丈夫よ、アンナ。そんなに心配しなくても」
「ですが、帝国は慣れない土地です。お嬢様がご不自由なさいませんよう、万全を期しませんと」
アンナの心配性も、相変わらずだ。だが、その心遣いが嬉しかった。
出発の日、谷の皆が再び広場に集まって私たちを見送ってくれた。前回とは違い、今回はしばしの別れとなる。子供たちの中には、寂しさから涙を浮かべている子もいた。
「泣かないで。また、すぐに会いに来ますから」
私は、しゃがみ込んで子供たちの涙を拭ってやった。
「約束ですよ、先生!」
「ええ、約束よ」
私は、ティムの頭を撫でた。彼は、もう泣いてはいなかった。その目には、この谷を預かる者としての責任感と決意が宿っている。
「先生。俺たち、この谷を必ず守ります。だから、先生は皇帝陛下と、幸せになってください」
「……ありがとう、ティム。頼りにしているわ」
彼の成長が、頼もしく、そして少しだけ寂しかった。
最後に、私は皆に向かって言葉を贈った。
「皆さん、私は帝国の皇后になります。ですが、私の心はいつもこの谷と共にあります。皆が、私の誇りです。どうか、健やかに、そして幸せに暮らしてください」
私の言葉に、皆が力強くうなずいてくれた。
別れを惜しみながらも、私たちは帝国へと向かう壮麗な馬車に乗り込んだ。ジークハルトが、私の手を優しく握る。
「寂しいか?」
「ええ、少しだけ。でも、大丈夫です。私には帰る場所がある。そう思えるだけで、私はどこででも強くなれますから」
私の答えに、彼は満足そうに微笑んだ。
帝国への道のりは長かったが、退屈はしなかった。ジークハルトが、道中で見える景色や帝国の歴史について、色々と話して聞かせてくれたからだ。彼の話は面白く、私はこれから自分が暮らすことになる国について多くのことを学ぶことができた。
そして、出発から二週間後。私たちは、ついにアストレア帝国の帝都、アストリアに到着した。
その壮大さには、私も思わず息をのんだ。エルスリード王国の王都など、比べ物にならないほどの規模だ。天を突くような白亜の城を中心に、整然とした街並みが広がっている。街は活気に満ち、道行く人々の顔も明るい。ジークハルトがいかに優れた為政者であるかが、一目で分かった。
私たちの到着を、帝都の民は熱狂的に歓迎してくれた。沿道は、私を一目見ようという人々で埋め尽くされている。
「あれが、未来の皇后陛下か!」
「なんという美しさだ!」
「氷の皇帝陛下の心を射止めたという、北の聖女様だ!」
いつの間にか、私にはそんな大げさな二つ名がついていた。聖女、ね。一度は偽りの聖女によって追放された私が、今度は本物の聖女として迎え入れられるとは皮肉なものだ。
馬車が帝城の門をくぐると、そこには数多くの文武百官が整列して私たちを出迎えていた。彼らは、皆、一斉に頭を下げる。
その荘厳な光景に、私は少しだけ身が引き締まる思いがした。
ここが、私の新しい舞台。私の、新しい城だ。
ジークハルトが、馬車を降り私に向かって手を差し伸べた。
「ようこそ、アストレア帝国へ。私の愛しい皇后、イザベラ」
私は、その手を迷いなく取った。
彼の隣に立ち、帝国の臣下たちを見渡す。彼らの視線は、好奇心と、そして値踏みするような色合いを帯びていた。
面白い。望むところだ。
私が、ただ皇帝の寵愛を受けただけのか弱いお姫様だと思っているのなら、すぐにその間違いを思い知らせてやろう。
このアストレア帝国を、ジークハルトと共に、もっと豊かで、もっと強い国にしてみせる。私の知識と経験の全てを懸けて。
面倒なことは、大好物だ。
私は、未来の皇后として最高の笑みを浮かべてみせた。私の、新たな挑戦が今、始まろうとしていた。
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