4-2話 ホラぼく悪イ人間ジャナイヨ?

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『アグリッパの紋章』

 三百年前に生きた伝説の大魔導士アグリッパの紋章。

 多大な魔力で様々な戦功を挙げ、『虐殺の大魔導士』と呼ばれるアグリッパは、晩年『魔の森』の奥に終の棲家を構え、人と関わらずに余生を過ごした。

 現在も『魔の森』の奥には彼の過ごした屋敷があると噂されているが、そこへ繋がる転移の魔法陣は破棄されており行くことはできない。

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 そのウィンドウの鑑定結果を見て、思わず眉を顰めるテル


「うーん……。『虐殺の大魔導士』という厳つい二つ名は、まぁ故人だからいいとして……この解説にある『魔の森』って何? この廃墟ってそんな物騒な名前の森に建ってるの? 『行くことはできない』って……ボク今この場所に来ちゃってるんですけど……」


 テルはさらに『魔の森』を二重鑑定してみる。


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『魔の森』

 種類:攻略済ダンジョン

 グレイス王国アインノールド公爵領に隣接する辺境の森林地帯。

 世にも珍しい森林型のS級ダンジョンであったが、すでに攻略されダンジョンコアは破壊されている。

 そのためダンジョンとしての機能は失ってしまったが、ダンジョン産の強力な魔物が生態系を構築し、危険な魔物が跋扈する危険地帯と化している。 

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 解説を読んで、ツゥ……っと冷たい汗を流すテル


「え、ココってそんなヤベー森なの? そんな危険地帯にレベル1で来ちゃったのボク? え、コレ積んでね?」


 怖い方向に考えが行き、慌てて振り払うよう首を横に振る。


「い、いやいや……まだそうと決まったわけじゃない。アグリッパって人の紋章があっただけで、まだここがその人の終の棲家だって決まったわけじゃないんだし……落ち着けボク、冷静に冷静に……。どっちにしろこの暗闇じゃ何もできないんだし、朝が来るまでは大人しく……。あ、いや……そうだ、試しに……」


 テルはスキルを発動させる。


「――[探偵の魔探眼]!」


 [探偵の魔探眼]は、使われたスキルの痕跡を見る事ができるスキルなのだが……。


「う~ん……やっぱり暗闇の中は見えないな。暗視的な使い方ができるんじゃないかと期待したんだけど……っておや、なんだアレ?」


 崩れた壁の瓦礫の隙間から、わずかに白い靄のようなものが立ち上っているのが見えた。

 テルは暗闇の中を慎重に靄に近付き、その周囲の瓦礫を少しずつ取り除いていく。

 撤去作業を続け、ようやく床が見えてきたころ、瓦礫の下から鞘に入った剣が姿を現した。

 刀身は60センチ程度、柄や鞘には豪華な装飾がなされた剣だ。

 [探偵の魔探眼]で見た白い靄のようなものは、その剣から発生しているようだ。


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[光の属性剣]

 種類:武器

 レア度:☆☆

 光属性がエンチャントされた鉄製の諸刃剣。

 魔法剣ではあるが観賞用に作られたものなので、並の剣と同程度の切れ味しかない。

 数百年も放置されていたせいで柄や鞘に錆びはあるが、刀身は無事。

 効果:[攻撃+10P][光属性付与(小)]

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 テルが剣を鑑定してみると、観賞用に作られた剣だという事が分かった。

 おそらくこの廃墟に住んでいたアグリッパという魔導士が、退去したか死去した際に、そのまま忘れ去られた品物ではないだろうか。

 偶然の拾い物に感謝しつつ、テルは剣を鞘から抜こうと試みる。

 錆のせいか多少の抵抗を感じたが、「ぐぬぬ……」と力任せに引き抜くと――シャキンッいう音と共に鞘から抜ける。

 解き放たれたその刀身は、周囲を照らす程度の淡い光を放っていた。


「おおっ、これは便利だね! 武器としてはあまり強くないみたいだけど、懐中電灯代わりにはなるよ。ありがとう昔の家主さん、この剣拝借します」


 故人に感謝をささげるテル


「よし、灯りを手に入れたんだからもう少し探索の手を広げてみるか。外の森はともかく廃墟の中くらいは探索を終えておきたいよね」


 剣の放つ光によって視界を確保できたことで、ひとまず廃墟内の探索に乗り出してみるようだ。

 剣を掲げながらテルが廃墟を歩いてみると、ようやく廃墟の全貌が見えてきた。

 広さとしては4LDK程度で、テルが想像する洋館のイメージより狭い印象のようだ。

 階段らしき残骸があるので、廃墟となる前は上の階も存在したのだろう。

 だが三百年も経っている今は殆どの物が風化してしまっていて、形が残っているのは石の壁や鉄製のインテリアくらいだ。


「うーん、特に手がかりになりそうな物はないなぁ」


 使えるものも見つからないまま、廃墟の中を一通り散策したテルは、玄関らしき場所から廃墟の外の様子を伺ってみる。

 そして――


「きゃぁああああああああああああっ!」


 ――思わず悲鳴をあげてしまったテル

 大声が静かな夜空に広がってしまい、テルは慌てて口元を押さえる。

 悲鳴の原因は――廃墟の外、敷地から出てすぐに生えた木の根元に、血を流して倒れている人影を見つけたからだ。


「ちょっ! ……だ、大丈夫? もしかして死んでるの……?」


 テルは廃墟から出て恐る恐る倒れた人影に近寄ると、その者に向かって[探偵の鑑定眼]を使う。


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『ホブゴブリンの死体』

 死後まだ一時間程度のホブゴブリンの死体。

 死因は胸の刀傷からの失血死。

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「し、死体……? それにホブゴブリンって……?」


 思いもしない鑑定結果に、テルは改めて倒れた人物を観察する。

 右手に刃渡り70センチ程度の剣を持ち、着ているのは粗末な腰蓑だけ。

 仰向けに倒れた裸の上半身には、右肩から左脇腹にかけてザックリと切られた跡があった。

 身長はほぼ人間と同じだが、肌が緑色をしており、深く窪んだ目の上に眉はなく、突き出た大きな鼻に、耳元まで避けた口からは上下に向かって牙が生えている。

 明らかに人間とは違うその姿に、テルはその者がモンスターであるとようやく理解した。


「ホ、ホントだ……確かに人間じゃない……。ゴブリンと言えばラノベじゃ雑魚モンスターだけど……ホブゴブリンってどうなんだろ?」


 鑑定結果からさらに『ホブゴブリン』を二重鑑定してみるテル


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『ホブゴブリン』

 ゴブリンの上位種でD級モンスター。

 体躯は成人した人間とほぼ同じだが、D級冒険者でも一人ではまず勝てないほどの身体能力を有する。

 知能は通常のゴブリンより高く、どの個体も人語を理解する程度には頭がいい。

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(D級冒険者でも勝てない……ってことは、レベル1のボクじゃ瞬殺されちゃうレベルだよね? しかもコイツが殺されてるってことは、それより強い魔物がゴロゴロいるって事なんじゃ……? だ、ダメだココ! 『魔の森』かどうかはともかく、ボクが生き残れる環境じゃ無いって! 絶対ヤベーとこじゃん!)


 テルがその事実に戦々恐々としていると、ガサリッという音をたてて近くの茂みが揺れた。

 思わず「ひぃっ!」と悲鳴を上げ、テルは音のした方を注視する。

 茂みを掻き分け現れたのは、緑の肌をした人型モンスター――足元に倒れているのと同じホブゴブリンだった。


(あわわ……! 騒いだからモンスターを引き寄せちゃったのか?)


 そのホブゴブリンとバッチリと目が合ってしまい、背を向けて逃げ出すこともできない。


(だ……ダメだ……殺されちゃう……)


  テルは思わず死を覚悟した。と、そのとき――


「……人間、どうしてこんな所にいル?」


 ――ホブゴブリンから発せられた言葉。


(……アレ? 言葉が分かるの? もしかして話せばわかってくれる系のモンスターかな?)


 意思疎通ができることに、一縷の希望を持ったテルだったが……。


「そ……それハ、ゴブ郎兄さン!」


 そのホブゴブリンは、テルの足元にあった死体を見るなりそう叫び、駆け寄るとその亡骸に縋りついた。


「ゴ、ゴブ郎兄さン……。兄さんガ、どうしてこんな姿ニ……?」

「ゴ……ゴブ郎兄さん……? も、もしかしてお知り合いですか……?」

「……人間、お前カ? お前がやったのカ?」


 泣き縋っていたホブゴブリンが、手に持った棍棒を構えてテルを睨みつけてくる。


(……ア、アレ? もしかしてボクが殺したと勘違いされてる?)


 突然の容疑者扱いに焦るテル


「ちょ、ちょっと待って? ボ、ボクじゃないから!」


 そう否定しながら、改めて自分の姿を確認するテル


(凶器になるような光る剣を持って、死体のそばに立っていたボク……。どう見てもボクが犯人ですよね……って、やばいやばい!)


「ホントに違うから! 確かに怪しく見えるだろうけど、よくある濡れ衣テンプレだから! ホ、ホラぼく悪イ人間ジャナイヨ?」


 思わず片言になるほど必死に言い訳をするテルだったが、ホブゴブリンは全く聞いてくれていない様子。


「おのレェッ人間! 兄さンの仇ッ!」

「ちょっ! まっ!」


 逃げることも出来ず固まったままのテルに、ホブゴブリンの振り上げた棍棒が迫る!


「うわぁあああっ! 誰か助けてぇえっ!」

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