1-10話 文化祭前日

 それから――

 文化祭に向けての準備や、文化祭前の中間テストなど、忙しく時間が過ぎていった。

 そして――ついにテルたちが異世界転移をする日を迎えることとなる。 


 ――文化祭前日。

 いよいよ文化祭を明日に控え、テルのクラスでも劇の練習に熱が入っていた。

 本番直前という事もあって、セットや衣装も本番さながら、通しリハーサルの真っ最中だ。


 ちなみに彼らの配役だが――。

 予定通り陽莉ヒマリがお姫様で、主人公の騎士が剣人ケント

 そしてテルは――街に住んでる少年Aだ。


「僕は異世界人であることを捨て、騎士として君を一生守り続けよう」

「なら私は姫であることを捨て、貴方と共に生きていきます」


 そう言って見つめ合うと、騎士とお姫様はキス――したフリの演技――をする。

 そんな二人を見守り歓声をあげる国民たち。

 その国民モブたちの中にテルの姿があった。

 しかも二人を祝福するはずのシーンで、テルだけは怨嗟の念を込めて騎士を睨みつけていた。


(ぐぬぬ、ホントならボクが陽莉ヒマリと今のキスシーンをするはずだったのに……。おのれ剣人ケント、絶対許さないからな!)


 ゾクッ――と剣人ケントの背筋を冷たいものが走る。


(うっ、一瞬寒気が……)


 テルの恨みの視線を受ける剣人ケント

 ……好きな子からフラれた上に恨まれる、可愛そうな男だった。


 ――その後もテルたちは、クラスメイトと共に演技の練習を続けた。

 本番を明日に控え、練習にも熱が入っている様子。

 張り切るクラスメイト達の練習時間は長々と続き、もう日も暮れようかという時間になったころ――。


「ちょっと一休みしようよ」


 誰からともなく上がったそんな声で、一同は各々休憩をとる。


「ふー、疲れたぁ」

「お疲れ陽莉ヒマリ。主演は大変だね」


 教室の隅に座り込む陽莉ヒマリに声をかけるテル


「それにしても……やっぱり奇麗だなぁ。そういうドレスを着てると本物のお姫様にしか見えないよ」

「フフッ、ありがと。テルちゃんも王子様の恰好出来たらよかったのに」

「あー乙女オトメちゃんだっけ? 台本の作者の子のために、ボクを王子役にしようとしてくれてたよね」

「――ううん、違うよ」

「へ?」

「オトメちゃんのためじゃない、アタシがテルちゃんと主演をやりたかったんだ」

「え、えっと……それってどういう……?」


 陽莉ヒマリの思わぬ返答に戸惑うテル

 陽莉ヒマリは顔を赤らめながら話を続ける。


「アタシね、テルちゃんのことで、いろいろと分かったことがあるんだ」

「わ、分かったこと? それっていったい……」

「ん~、ナイショ」

「な、なんだよそれ?」

「ウフフ、まだ言えないかなぁ。でも、そうだね……」


 少し言葉を詰まらせつつ、はにかみながら陽莉ヒマリは言葉を紡ぐ。


「文化祭が無事に終わったら、その時に話を聞いてくれる?」

「あ、う……うん、分かった……」


 今までにない陽莉ヒマリの様子に戸惑うテル

 そのまま何とも言えない空気が二人の間を流れていき――


「こら、あなた達! いつまで学校に残っているのよ!」


 そんな空気をぶち壊すような怒鳴り声が教室に響いた。

 教室に乗り込んできた怒鳴り声の主は――年のころは四十過ぎ、髪を肩口で切りそろえ、紺のスーツに眼鏡をかけた痩せぎすな女性教師。

 テルたちのクラスの担任である山本やまもと先生だ。


「アンタたちが帰らないと、担任の私まで残らないといけないじゃない! とっとと解散しろ! 今日はどうしても早く帰りたいのよ!」


 ヒステリックに声を荒げ、鬼の形相で迫る中年の女教師。

 その剣幕にビビってしまうクラスメイト達の中、ひとり剣人ケントが勇気を振り絞って声を上げる。


「ま、待ってください山本やまもと先生! もう明日が本番なんです。 最後まで練習させてください!」

「そんな都合なんて知らないわよ! いいから早く帰りなさい!」

「お願いします、先生! もう今日しか練習できないんです!」

「えーい、うるさいうるさい! 帰れっつったら帰りなさい! 帰れ――っ!」


 剣人ケントが食い下がるも、けんもほろろな態度の山本やまもと先生。

 生徒の懇願を一顧だにしない先生の様子に、クラスメイト達も剣人ケントを援護し始める。


「さ、櫻井さくらいくんの言う通りよ! もう少しだけ練習させて先生!」

「お願い先生! 高校に入って初めての文化祭なの!」

「教師が生徒の“青春”を邪魔すんじゃねぇ!」


 そんなガヤからのヤジを聞いていた山本やまもと先生の額に――ピキッ!――っと青筋が立つ。


「――“青春”ですって?」


 プルプルと震えたと思ったら、唐突に――


「……ふ、ふざけんなぁあっ!」


 ――と、眼鏡がずれる勢いで叫び声をあげた山本やまもと先生。


「う、うわっ! な、何だ何だ?」


 先生の態度の急変に、クラスメイト達は戸惑いを隠せない。

 どうやら“青春”は山本やまもと先生にとってのNGワードだったらしく、彼女はその怒りのままに生徒たちを怒鳴りつける。


「社会の厳しさを知らないガキが、モラトリアムの特権を振りかざすんじゃないわよ! 高校時代の“青春”なんてただの思い出で、社会に出たら何の役にも立たないんだから! そんなもののために今の私の生活を邪魔しないでっ! 未来あるアンタらと違って、こっちはもう余裕がないのよぉおおおっ!」


 もはや暴走状態の山本やまもと先生に――


「や、やべぇっ! 先生がキレた!」

「またヒスか? それとも更年期か?」

「どっちにしろ俺たち若者には手に負えねぇ!」

「これはダメだ、みんな逃げろぉっ!」


 ――と、蜘蛛の子を散らすように逃げ帰るクラスメイト達。

 テルたちもそんなクラスメイトと同様に、慌てて教室を飛び出していくのだった。


 * * *


「こ、怖かったぁ……。山本やまもと先生、いつになく荒れてたよな」


 教室を飛び出したテルは、安堵の表情でそう漏らした。

 すると剣人ケントが、「知らないのか、テル?」と山本やまもと先生の事情を教えてくれる。


山本やまもと先生、今プライベートが大変なんだってさ。旦那さんに浮気されて、離婚するとかしないとか」

「へぇえ、そんな事が……」


 テル山本やまもと先生の様子を思い浮かべる。

 年は40を超え、すぐヒステリックになって怒鳴り散らす、誰からも嫌われるクラス担任。

 だが……家庭に問題を抱えていたからだと考えると、少しかわいそうにも思えてくる。


「先生かわいそう……。今度なでなでしてあげないと」

「……やめろ陽莉ヒマリ。そんなことしたらキレられるどころじゃないぞ」


 同情する陽莉ヒマリに、本当にやりかねないと剣人ケントが慌てて釘をさした。

 そんなうわさ話をしながら、テルたち三人は校門へと向かう。

 そこへ――


「待って、陽莉ヒマリさん! 帰らないで助けて!」


 ――そう言って現れたのは、陽莉ヒマリと同じラノベ部の同級生、影文乙女かげふみおとめだ。


「あ、君は確か……乙女オトメちゃん?」

「はうっ! て、テルさま――!」

「……テルさま?」

「ち、違いましたー! 惣真そうまくん、惣真そうまくんです! あうぅ……」


 テルを前にするとあがってしまう乙女オトメ陽莉ヒマリが声を掛ける。


「落ち着いてオトメちゃん。助けてって何があったの?」

「――はっ! そうだった、大変なの! 明日展示する予定だったデータが消えちゃって!」

「えーっ! な、何で!」

「わ、分からない……。あとはプリントアウトすれば終わりだったはずなのに……。明日までに何とか直さないと……」

「大変じゃない! ジュンちゃん部長はなんて言ってるの?」

「それが皆月みなづき部長、どこを探してもみつからなくて……。お願い陽莉ヒマリさん、助けて!」

「わ、分かった、オトメちゃん。アタシも手伝うから、任せて!」


 二つ返事で引き受ける陽莉ヒマリに、テルが心配そうに声をかける。


「ねぇ陽莉ヒマリ、大丈夫? なんならボクたちも手伝おうか?」

「大丈夫、テルちゃんたちは先に帰ってて」

「そういうわけにはいかないだろ。テルの言う通りオレたちも手伝うよ」


 剣人ケントテルと同様に憂えの表情を見せている。


陽莉ヒマリは警戒心が足りないからなぁ。夜に一人きりにするのはテルじゃなくても不安だよ。部外者が手伝えない事なら、終わるまでどこかで待ってるよ」

「心配性ねぇ、ケンちゃん。もう高校生なんだし遅くなるくらい平気だって。テルちゃんも心配しないで大丈夫だから」

「だけどさ、今は爆弾事件とかもあって物騒だし……」


 すると乙女オトメが、心配する二人を見かねて「あの……」と声を上げる。


「だったら陽莉ヒマリさん、私の家に泊まる? 学校のすぐそばだし安全だと思うけど……」

「ホントに? ありがとうオトメちゃん! ――というわけだから心配しなくて大丈夫。二人とも先に帰ってて」

「……分かったよ、陽莉ヒマリ


 その言葉に納得したテルは――


「それじゃ乙女オトメちゃん、陽莉ヒマリの事をよろしくね」


 ――と、乙女に向かってお願いをした。

 すると――


「はわわわわっ! わ、分かりました! テルさまがそうおっしゃるのなら……」


 ――またしてもテンパり始めた乙女オトメ

 あいかわらずテルには『さま』付けだ。


「ま、任せてください! 陽莉ヒマリさんは命に代えましても守りましゅ!」

「……あ、噛んだ」


 顔を真っ赤にしてあがりまくる乙女オトメ

 だが原因であるテルは、「相変わらず変わった子だな~」と、自分のせいだとは全く気付かないのだった。


「それじゃ陽莉ヒマリ、ボクたち先に帰るけど、遅くなったら気を付けてね」

「ありがとうテルちゃん、また明日ね――」


 そうして陽莉ヒマリを学校に残し、テル剣人ケントは家路についた。

 この後――二人が帰り陽莉ヒマリの残った学校で、何が起こるのかを知る由もなく。


「あ、そういえば……陽莉ヒマリのヤツ、どんな話があったんだろう?」


 ――文化祭が無事に終わったら、その時に話を聞いてくれる?


 そんな陽莉ヒマリとの約束は、叶わないまま異世界転移を迎える事となる。

 今のテルはまだ何も知らないまま――。

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