第17話 戦略の勝利

 冷たい風が荒野を駆け抜けた。

 乾いた砂塵が舞い上がる中、魔王軍と勇者軍の陣が互いに睨み合っている。


 数では勇者軍が上――だが、その動きは鈍い。補給線が寸断され、兵は疲弊していた。

 それを見抜いたのが、他でもないカイルだった。


「――右翼部隊、配置完了しました!」

 報告を受けたカイルは静かに頷いた。


「よし。予定通り、第三隊を森の陰に移動させろ。敵が混乱したら一気に挟撃する。正面は動くな、まだだ」


 彼の指示は的確で、無駄がない。

 魔族たちは人間の彼に指揮されることへの違和感を、今ではもう口にしなかった。

 なぜなら――勝利を重ねてきたからだ。


 リリアが横に立ち、戦場を見つめながら言う。

「……あなたの戦略、まるで“未来”を見ているみたいね」

「未来じゃない。人の思考を読むだけさ」

 カイルは微笑む。その瞳には冷静な光が宿っていた。


 敵陣の後方では、勇者軍の将たちが混乱していた。

「なぜ補給が来ない!? 報告はまだか!」

「伝令が……伝令が戻りません!」

 通信路を潰され、連携が崩壊していることに、彼らはまだ気づいていない。


 カイルは呟く。

「敵は“勝つ戦”を考えすぎている。“負けない戦”を知らない。」


 次の瞬間、空を裂くように魔導光が放たれた。

 魔王軍の中核部隊――リリア直属の魔導師団が突撃を開始する。

 敵が混乱したその瞬間、カイルが指示を飛ばす。


「――今だ。左翼、回り込め! 挟撃開始!」


 荒野を揺るがす咆哮が上がる。

 魔族の咆哮と人間の悲鳴が入り混じり、戦場が一瞬で塗り替えられる。

 圧倒的な統率。乱れない隊列。

 まるで機械のように動く魔王軍。

 その全てを設計したのが、たった一人の人間――カイルだった。



 夕刻。

 戦場に静寂が戻る。

 勇者軍は壊滅し、指揮官レベルの半数が捕縛された。

 そして捕虜の一人が震える声で呟いた。


「……信じられん……この戦略を立てたのが……人間、だと?」


 その言葉は戦場に響き、やがて魔族たちの間にも広がっていった。

 “人間が我らを勝利に導いた”――と。


 カイルは報告書をまとめながら、疲れたように空を見上げる。

「……終わったか」

 その背中を見て、リリアがそっと近づいた。

「あなたの戦略が、魔族を救ったわ。ありがとう、カイル」


 彼は小さく笑い、肩をすくめる。

「俺はただ、“負けない方法”を教えただけだよ」

「それでも――あなたがいたから、皆が一つになれた」


 リリアの瞳には、かすかな光が宿っていた。

 そこには感謝と、少しの――敬意があった。



 夜。

 魔王城の戦略室では、勝利の報告が次々と届いていた。

 だが、玉座の上で魔王は無言のままだ。

 その視線の先で、参謀たちが囁く。


「……人間の知恵、侮れぬな」

「だが同時に、危うい。我らの軍が“人間”の手で変わるなど……」


 カイルはそのざわめきを背に、立ち上がった。

「陛下。次の戦に備え、占領地の統治案を提出します」

 堂々としたその声。

 もはや誰も、彼を“異物”とは呼ばない。


 魔王はしばし沈黙し、そしてゆっくりと頷いた。

「……よかろう。お前の知恵、もう少し見せてもらうぞ、人間」


 玉座の前で一礼するカイル。

 胸の奥で、静かに確信する。


 ――ここが、今の自分の居場所だ。


 その瞬間、戦場で流れた血と汗が、報われた気がした。

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勇者パーティーを追放された俺、魔王軍で普通に出世してるんだが? 〜地味スキル〈分析〉が魔族の軍でバカ受けしてる件〜 てててんぐ @Tetetengu

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