迷探偵の夏休み返上出張録 ~アメリカ合衆国連続断頭殺人事件~
真夏ノ蒼空
第1話 プロローグ。それと迷子の名探偵…?
7月1日。
アメリカ合衆国東部
ニュージャージー州
その南部に位置する田舎町で、この事件は幕を開けた。
【6:12 a.m.】
木々に囲まれた広大な公園。その駐車場に一台のパトカーが停車し、その前に一人の老人が佇んでいた。
「
――『
地元警察のベテラン警官:グレン・パーカー巡査部長は、車内の無線機で報告をしている。
通信を終えて無線機を元に戻し、車から降りた。
そのまま、パトカーの前で待っていた老人に声をかける。
「カールさん、案内を頼む」
「案内っていっても、現場に行きゃあすぐわかると思うがな」
そう言うと、カールは歩き始めた。中央広場へと続く、舗装された道を進んでいく。
それに続いて、グレンも歩き始めた。
ことの発端は、今から約10分前に入った一本の911通報である。「公園に生首がある」というものだ。
平和な田舎町にとって、当然ながらその通報は衝撃的なものだった。それこそ勤続10年になるベテラン警官のグレンにとっては、到底信じられないもの。いまだに半信半疑である。
しかしながら通報者が知り合いであり、かつわざわざご近所さんの電話を借りて通報してきたという点をふまえ、一応警戒をしながら現場に来た。こうして現在に至る。
現状はわからないことが多い。道中にカールから話を聞きながら進む。
「―――カールさん、それに触ったり近づいたりしてないよな?」
「確認のために近づきはしたが、触ってはいないな」
「Okay。その死体ってのは、一人だけ? 死体の状態は?」
「数は3。死体はすべて首が切断されてる。臭いは……しなかったな。それ以上はなんとも。急いで電話を取りに向かったんで、じっくり観察できてねんだ」
「なるほど。……ところで、本当に死体だったのか? 見間違いとかマネキンだとかでもなくて?」
そう聞くと、老人はため息をついて答えた。
「ありえんな。極東の戦争で散々死体を見てきたんだ、見間違いじゃない」
「……そうか」
「ともかく、まずは見てからものを言うんだな。それと吐かないように覚悟しとけ。なかなかにショッキングだ。警官のお前さんが現場を荒らしちゃあ元も子もないぞ。―――そろそろだ」
木々に囲まれた道を抜けると、目の前に青空が広がった。
森の中の開けた場所―――広場に到着した。誰もいない、広々とした空間が広がっている。早朝なので当然と言えば当然である。
広場の中央には一本の大樹がそびえ立ち、ところどころに木の遊具や、ベンチとテーブルが置いてあった。
「あの大樹の下だ。ついて来な」
「わかった。――指令室、中央広場に到着。続報する。」
――『
雲がほとんどない青空の下、生暖かく湿った朝の風が松林を流れていく。
大樹に近づいていくと、幹の後ろにあるらしいそれらが段々とはっきり見えてきた。
「指令室、……待機。
―――遺体を確認。複数。優先通信待機。」
一歩ずつ、ゆっくりと大樹のうしろに回り込む。
すると、それが現れた。枝葉の間から差し込む日差しが、遺体が並べられた奇怪な現場を照らし出していた。
「―――マジかよクソっ……! 一体どうなってんだ……!」
「まったくだな。いつもの時間にここへ来たら、このありさまだ。意味が分からん」
大樹のすぐ下には、首のない遺体が3体、丁寧に整えられて地面へと寝かされ、並べられていた。
狼狽えてしまったが、もう少し詳細に観察をする。
3人とも首と胴体の切断面がかなりきれいだった。少なくとも、ノコギリなどで切断された感じではない。
首のない体は3体とも横に整列されていた。両手は組まされて胸の前に置かれ、体はまっすぐ寝かされている。
棺桶に入れられる前の状態とほぼ同じといってもいいだろう。
頭がないという点を除けば、だが。
巡査部長は目の前に広がる光景に動揺が隠せなかった。悪態をついてしまう程度には。
一通り観察し終えて、グレンは無線機に手をかける。
「指令室、ユニット12。
――『ユニット12、了解。可能なら被害者数の確認を。周辺に容疑者や車両は?』
「現時点で容疑者や車両は確認できず。遺体は3体、3名の犠牲者で、全員断頭。目立った移動の痕跡は見当たらないが、詳細は不明。」
もう一度死体の方に向き直る。
「―――遺体は意図的に配置されている。胴体は整列され、頭部は各犠牲者の前に置かれている。これは無作為な遺棄じゃない。」
――『全ユニットは待機。―――ユニット12、現場を確保し一切の痕跡を保持せよ。刑事課、検視官、郡検察に通報済み。州警察の到着を待機せよ。』
「
無線機から、受信者全体に注意を促す音が鳴った。
――『全ユニットへ。グローリーヒルズ公園にて複数殺人現場を確認。犠牲者3名、首切断の痕跡あり。対応可能なユニットは
「………忙しくなるな。なあカールさん! 悪いがパトカーまで一緒に戻ってくれ!」
「おう。なんか手伝うか?」
「いや、あんたは重要参考人としてだな―――」
現場を保存するための道具は今ここにはない。車からとってくるために、二人は踵を返した。
早くも、遠くからサイレンの三重奏が響いてきた。
地元警察の長い一日が始まった。
――――――
一方その頃、アメリカ合衆国首都:ワシントンD.C.にて。
連邦政府機関が並ぶ中心街近くにある、老舗の高級ホテル前に停まった一台の車。
一人の青年が、その車内でスマホを耳に当てていた。
白の半袖シャツに黒い長ズボンを履き、腰には“Glock 17 Gen5”が入ったホルスター、そして金色に輝くバッジを下げている。
特徴といっても、金髪碧眼という欧米人には特に珍しくもない外見である。
強いて言うならば、少々童顔で、仮にファッション雑誌に載っている服を着させれば高校生か大学生の中に混じっていても違和感が全くないことだろうか。
その要因にはこの国の人間の顔が押しなべて実年齢よりも大人びて見える点もあるが、それだけでは説明できないくらいにはガキの顔である。
………そうだ、もう一つあった。
「―――あ!? だ・か・ら、今どこにいるのかって聞いてんだよ!」
『わ か ら な い ☆』
「ふざっっっけんな!!!!!!」
この男、顔に似合わず口が悪いのだ。
FBI:アメリカ連邦捜査局 ニュージャージー州ニューアーク支局所属のアラン・スミス特別捜査官(27歳)は、駐車している車の中でキレ散らかしていた。
……え? なぜこれほど発狂しているのかって?
それは……案内するはずの探偵が絶賛行方不明中だからだ!!
その男、名を
ちょうど二日前、FBIの
警視庁との国際捜査協力の一環で推薦されて来た男だ。簡単に言えば、警視庁が「こいつ使えるわ」と太鼓判を押した間である。
10年以上前―――まだ少年時代のころに日本で出会っているので、初対面ではない。旧知の仲と言えば聞こえはいいが、正確には日本語で“腐れ縁”と表現すべき間柄である。当時も散々振り回されたが、それはまた別のお話。
詳細は省くものの紆余曲折あって、彼の
……と言っても実際はそんなに単純ではない。捜査資料などは機密情報なので、探偵がそれらにアクセスをする際の監視役やら、捜査や諸々の手続きの補佐やらも兼ねている。言ってしまえば雑用係だ。
こうして見ると本当にお守りと大して変わらない。
……話を元に戻そう。
今朝、彼が滞在中のホテルで合流し、FBI本部に向かう約束だった。それなのにあの探偵すっぽかしやがった。
というわけで、電話で居場所を問いただしている現在に至る。
『完全に迷子になってしまった』
「お前今何歳だ……」
『GPSはあるんだけどね』
「じゃあそれ使えよ! てかGoo〇leマップあるだろ!?」
『アラン君や』
「なんだ」
『現在地が羽田空港になってる』
「帰国したのか?」
『してません』
「じゃあなんで羽田なんだ!」
『よよよ~(ノД`) それは僕が知りたいね』
訳が分からない。GPSがダメになってるのか、スマホが誤認しているのか……。いずれにせよ、電話できているので近くの基地局から割り出せるはずだが、緊急時じゃないのでそんなことしたら怒られる。
どうしたものか……そうだ、電柱の管理番号はどうだろう。
「近くに電柱はないか?」
『たくさんあるけど、それが?』
「電柱には管理番号っていうのが書いてるはず。一番近くの電柱の奴を教えてほしい」
『なるほど。どれどれ……ああ、あった。” PEPCO 147823-12”って書いてる」
「よし、場所を調べてみる。そこでじっとしてろよ!」
『合点承知!』
やかましい。
そう思いながら匡佐との電話を切った。
さて。啖呵を切ったはいいが、管轄してる通信指令室に連絡するのは面倒である。余計な詮索もされたくないし………そうだちょっとズルしよう。
同僚にお願いする。
あの男なら好き放題データベースに侵n―――利用できる。あんまり関係ないけどワシントン支局所属だし。
改めてスマホを操作し、今度は別の人間へ電話を掛けた。
「―――もしもし、エディ?」
『はいはいーこちらアメリカ連邦捜査局
「……冗談はよしてくれ。固定電話じゃなくてお前のスマホに直接掛けてるんだ」
『冗談だと思いたいのはこっちだよクソ野郎。仕事をしない口実にはなるけどな、平日の朝ッぱらから電話対応なんて御免だ!』
語気が強めである。
直後、電話口の向こうから、コップで液体を啜る音が聞こえてきた。
「そうかい……」
『で、本題は? さっさと何が知りたいか言え』
「そうだ、電柱の管理番号で位置を知りたいんだ。ワシントンD.C.の電柱、Pepcoの電柱番号147823-12、位置を照会してくれ。迷子のコンサルタントがそこにいるんだ……」
『ハイハイちょっと持ってろよ。なんだっけ? 所有会社がPepcoで、電柱番号”147823-12”だったか。 すぐに終わる―――――出た。 “Brookland、12th St NE と Otis St NE” の角付近だ』
「本当に住宅街にいるのか」
『そうらしいな。何か知らんが、まあ頑張れよ』
「先が思いやられる……。助かった」
『そもそもだな、毎回m―――』
小言を言われる前に通話をブチ切りした。
持つべきものは友人とはよく言ったものである。
あと匡佐の居場所がちょっと遠い。
なぜそんなところにいるのやら。移動が面倒である。そんな愚痴は飲み込んで、とりあえず目的地をカーナビにセットし、車を発進させた。
――――――――――――――
住宅街に到着。
長く伸びた広めの道路に、両側の歩道は並木道となっている。
その道路の両側にそって家々が立ち並ぶ、まさに住宅街といったところだ。
空いている手ごろな路肩に駐車して、車を降りる。
治安がいいのだろう。夏休みだからか、けっこうな数の子供たちが外で遊んでいる。レモネードなんかを売っている子たちも。
近所の老夫婦たちがレモネードを片手に散歩や雑談をしているその光景は、平和そのものであった。
……それより匡佐はどこだ。この近くのはずなのに、見渡しても見当たらない。
―――いや待った。あの探偵は年甲斐もなく好奇心が旺盛だ。……何歳か知らないけど、たぶん同い年である。
となれば。
中流家庭のごく一般的な住宅が立ち並ぶ中に、ものすごく目立つ家屋が一軒。
この平和な景色にそぐわない、異様な物体。それは―――ボロボロの”廃屋”である。たぶん、この近くに……。
廃屋前の街路樹に回り込むと―――いた。
明らかに現代には、しかも米国には絶対に馴染まない格好をした、一人の日本人が。
年の頃は30代にみえる男。そいつは水玉模様の紺色の着物を着て、カンカン帽を被っていた。イメージとしては、「書生が普段使いしていた細身の馬乗り袴」のような服装。足元を見れば、しっかりと
さすがに下駄ではない。いやそれでも草履はどうかと思う。入管で止められなかったのだろうか。
せめてサンダルの方がこの国に溶け込める。服装が服装なので大して意味はない。
そんなことを考えつつ、相手の背後から静かに近づいて声をかけた。
「よーし観念しろ迷探偵」
と声をかけると、
「おやっ、随分かかったね」
などと懐から懐中時計を取り出して言ってきた。
「もうレモネードは5杯目だよ」
片手にストロー付きのコップを持っている。
溜息をついた。
「それはただの飲みすぎだ」
「おいしいよ。君も飲んだらいい」
ずいっとコップを差し出してきた。
「いや、今は遠慮しとくよ」
「この美味しさ、その選択はきっと後悔するね」
「そうかい。でもな、こっちはお前を探すのに疲れたんだ。早く用事を済ませてニュージャージーに帰りたいんだよ」
「疲れたときこそ飲むべきなんだけどね……まいいや」
大人しく引き下がった。すると、自分の物となったレモネードをごくごくと音を立てて一気に飲み干した。
「 フゥ……。と、ここでアラン君に残念なお知らせです」
「は?」
「その前に、もう一仕事あるのだよ」
「嫌だ」
「さてと―――」
嫌な予感しかしない。しかし止める手段もない。神は信じてないが、もうなるようになってくれとただ祈ることしかできなかった。
「このお化け屋敷、
「……面白い物だ?」
この探偵が首を突っ込むということ、それすなわち面倒ごとである。
一拍間をおいて、
「死体だよ」
「……………なにがお宝じゃあぁぁぁぁぁぁ!!!!!」
まだひと悶着あることが確定してしまったのだった。
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