2:大理石の階段

 ***

 

 イドがまた私たちに朝食を作ってくれた。以前はキリが作ったことにして誤魔化せ、と言ったが、今回は何も言わず、ただ身支度をする、とテントに引っ込んですぐ戻ってきた。

 戻ってきた時にはエスになっていたが、彼女はこれを作ったのがイドだとはっきり認識し、そのまま食べていた。

 

 こう考えると、出会ったのが数日前だと言うのに、変化が分かるほどに深く付き合ってきているのだと思った。

 

 やがて全員が起床し、私たちは今日の階層へと足を進めた。

 

 深く足を進めたカインが、そのまま泥濘みに足を取られ、不快感からか「うわぁ」と声を上げる。

 

「うげ、靴汚れちまったぁ。これ本当に誰かの心の反映なんかよ。暗くてドロドロじゃねぇか」

 

 辺りは薄暗くて、黒い霧が立ち込めているようだった。周囲に生えているものは、よく見ると植物だと分かるが、植物にしてはどす黒い。地面は泥濘んでいて歩く度に靴元がどろどろになる。そのため、真っ白な服のカルアが生気を失った顔で歩いている。

 

「……心象の反映は、生まれ育った土地や、強烈に印象に残っている事象の再現だけには留まらないということですね」

 

 そう言ったキリの元に、上空から偵察していたモニ太くんが戻ってくる。

 

「上空からの景色は如何でしたか?」

『ほぼ何も見えなかった。しかし、中央に白い大理石の階段があった。ちょうど進行方向の遥か先だ』

「魔物を倒さなくても上の階層行けるってことか?」

 

 カインの問いに、モニ太くんは少し考える間を空けて、電光の視線を向けた。

 

『それはないと断言する。まず、魔物を倒して階段を出現させるセオリーについてレイシアに報告した際、あいつは「その方式は崩れない」とはっきり言い切った』

「お前ちゃんと報連相やってんだな。何か感動したわ」

『勝手に低く見積って勝手に感動するな。……もう一つの根拠として、階段はアトラ社の間取りと同じ位置に出現する。俺が発見した階段はその位置から大きく乖離している』

「えーっと、つまり?」

『その階段は心象によって生まれた階段であり、階層移動をするためのものではなく、そこを通ってもアトラ社の階層移動は出来ないということだ。心象世界を移動するための階段だ、といえば伝わるか?』

 

 カインは少し考えてから、もうひとこえ、と言った。モニ太くんからため息が聞こえてきた。

 

『さらに簡単に言うと、その階段では求める先には進まない、ということだ』

「よし、分かった。サンキューな」

 

 カインの言葉を聞き、モニ太くんはやれやれと言った様子でこちらへと飛行してきた。

 

『コギト。恐らくここはあの男の心象の中だ』

「何でそう思ったの?」

「カインさんは先程、『上の階層に』と申し上げました。しかし、ライヒェさんは『階段があった』と伝えたのみです。上りか下りか、一言も言っていないのに上だと断言なさりました」

「上ると知っている、ということか……」

 

 私の呟きに二人が同時に頷いた。

 

「もちろん、我々は上に一刻も早く上るということを課せられておりますから、そのために上への階段だと思われた可能性もあります。コギトが違和感を抱かなかったように」

 

 モニ太くんは再びふいと飛んでいき、今度は皆に向けて声を発した。

 

『あくまで可能性だが、その大理石の階段に見覚えがあって調べていた。聞くか?』

「まあ、手がかりになれば嬉しいな〜くらいの感覚で聞いてみたさはあるすね」

『評議会があのような感じだったと記憶している』

 

 評議会と言うと、とエスはローランとカインに視線を向けた。

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