(18)氷のお姫様
――幼い頃のわたしは、何も興味が持てなかった。
周りの子たちはみんな光を持っているのに、わたしの世界はいつも灰色だった。
みんながそれぞれの世界で輝いているなか、その眩しさの中で、わたしの心だけが凍りついていた。
――薄情なのか、人に興味が持てなくて、友達ができない。
――無気力なのか、物事に興味がなくて、趣味を作れない。
このまま一生、楽しさとも愛情とも無縁の人生を送るのだと思っていた。
――わたしはずっと、自分がつまらない人間なのだと諦めていた。
だけど、幼稚園と小学校で、それぞれ一度だけ手に取ったものがあった。
幼稚園のときは絵本。
小学生のときは少女漫画。
どちらにも共通していたのは、『お姫様と王子様』が出てくることだった。
それは〝興味〟というほどはっきりしたものじゃなかったけれど――どうしてか、絵本も漫画も、そのページだけは閉じられなかった。
物語の世界にも、登場人物にも、心を動かされることはなかった。
それでも、ページをめくるたびに、胸のどこかがかすかに揺れたような気がして。
――結局最後まで、その本やキャラクターに興味を持つことはできなかったけど。
王子様に恋して、結ばれて、幸せそうな女の子のことは――なぜだか、少しだけ羨ましいと思った。
けど、わたしはそんなふうにはなれない。
わたしの世界はいつだって
唯一手に取った本の登場人物すら好きになれないわたしが、誰かを好きになれる日なんて――くるはずがない。
――そう思っていた。
だけど、王子様は突然現れた。
お父さんが連れてきた、新しいお母さん。
その人のことは、お父さんと同じようにどうでもよかった。
けれど、その人が連れてきたのは――わたしにとっての『運命』だった。
――それは、完全に一目惚れだった。
真っ
灰色だけだった景色に、桃の色が差した。
――その感情がこんなに大きくなるまで、どれくらいの年月があったかはわからないけど。
それはきっと、後付けの理由にすぎない。
わたしはどんな出会い方をしても、いまと同じようにあの人に恋をして、あの人をわたしの全てにする。
だって、わたしの目も、鼻も、耳も、心臓も、全部があの人に反応してしまったから。
あの人〝だけ〟に。
――お姫様が王子様に恋することに、一々理由なんてつけない。
それと、同じ。
中学に上がってからは、私を『氷のお姫様』なんて呼ぶ人もいた。
〝お姫様〟はよく分からないけど、〝氷〟のほうはよくわかる。
私は生まれた時から、心も、表情も、全てが凍りついていたから。
けれど、本当の氷は、あのときに溶けている。
今の私に張っている氷は、あの人への感情を隠すための作り物。
――それは、あの人に触れただけで簡単に溶けてしまうけど。
それくらい、この気持ちは
――
(♡♥)
「黒羽、じっとしてどうしたんだ?」
俺は、隣で動きを止めた彼女に声を掛けた。
黒羽は、アルバムの上に指を置いたまま、しばらく動かない。
光を受けた髪がわずかに揺れて、伏せた瞳に影が落ちていた。
「…………」
顔を上げた黒羽が、ゆっくりとこちらを見る。
その表情には、どこか遠くを見ていたような静けさがあった。
「……ううん。なんでもないよ」
(……雪透さんと出会えなかったら……私は一生、氷の中に閉じ込められたお姫様のままだったんだろうな)
そう言って目を閉じた彼女の横顔を、ただ見つめる。
ページの端が風にめくられて、写真の上を光が滑った。
――。
「……
一瞬、時が止まったような気がした。
(……今はこれくらいしか言えないし、心の中で妄想することしかできないけど……いつか、絶対に)
さっき見ていたアルバムの中の黒羽は、今よりも瞳の灰が強く見えた。
けれど、いま俺の瞳に映る少女の瞳は――。
光が差し込む窓の向こうで、風がやわらかくカーテンを揺らす。
――黒羽が一度だけ、はっきりと微笑んだ。
クールな義妹の心は()の中に住んでいる 創綴世 優 @ariu_enu
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