極光刻むロマネスク

@sodekyanon

#1 Hello,Hyperpunk!!

旧パンク式のビル街は、今日も異能たちに共鳴していた。

≪デイブレイク≫、という都市。

それは混沌をネオンで煮詰めたような景観で、固定観念への反体制建築基準法違反も甚だしいような建造物さえも群を成していた。見上げる空には京軌道オービタル・ケイ電光掲示スターリット、視線を落とすと喧噪ノイズ漏れ出る捻くれ者たちのホーム違法賭博場ゲーセン。あんまりにも安心できないものだから、と自発的に設立された警官集団素人どもだって、とうの昔に悪ガキたちの隠れ蓑になる始末。統治する人間が居てもそれについていく人間が居ないもんで、小さい国家くらいは築けそうな土地の大きさに対して、「大規模な都市おもしれー街」という枠に収まっているのが現状。

お世辞にも治安が良いとは言えないそんな街、そんな中で比較的マシと言えなくもないとある区画の大通りに、一般的な体型で目立たない服装(この街デイブレイク基準)の青年と、華麗な衣服をまとう華奢な少女が歩いていた。傍から見ても多い荷物を両の手に抱えた青年を見るに、買い物の途中か何かだろう。

しっかり疲れ気味な青年に対して、少女は紙切れをよこしながら言う。

「ついでに、いつものあの店で買う物の荷物持ちも頼んでいいかな、レイジ」

レイジと呼ばれた青年は返す。

「必要なものって言うならしょうがないけど……

君の使う変な力とかで荷物を浮かせたり、とかはできないのか?アリア」

レイジは少し不満げに問うが、アリアと呼ばれた少女はこう応える。

「アレはそんなぽんぽん使う物じゃないの!できなくは無いけど!」

「できなくはないのか……」

そんな問答も続きながら、二人は大通りの片隅にある、とある違法古物商リサイクルショップの前へとたどり着く。

遺道具堂ヘファイストスと銘打たれた看板がかかった、古寂れた店舗の前。

「まあとにかく、今買っとくと楽な物たちだよ。

ちゃちゃっと買い物終わらせて、帰って一緒にゲームでもやろうじゃないか!」

アリアがそう言い、「じゃあお先に」と、建物の中に入っていったのを見て、レイジもその後に続く。

店の内装について述べると、閑散としていて、それでいて無意識イドのうちで「見覚えがある」と思わせるような雰囲気。誰かがこの意匠について形容する場合、「趣味が良い」と「悪趣味」の両極端になることだろう。

そんな店の中に堂々と構えて座る男性、【ヘファイストス】の店主が尋ねる。

「よく来たな若造たち、今日は何を見繕えばいい?」

「とりあえずこの棚のこの列にあるやつ。あとは≪C≫があると好ましい、かな」

先ほどまでの無邪気な少女の雰囲気を包しつつ、アリアは冷静に、そして正確に注文内容を答える。

はいよ、と言いながら店主が店の奥に向かって言った後、レイジは手持ち無沙汰そうにアリアへと問いかける。

「相変わらず手際がいいな。そういえば、注文にあった≪C≫ってどんな物なんだい?」

話題作りのための小さな知的好奇心が、アリアのことを存外、解説役に引き立てる。

「なに、大したものじゃないさ。君らの能力にちょっと関係するものでね」

「それで言うと、まずは≪ヘプタレイヤー≫って物への詳しい解説から……」

と、この後十数分にわたって語られるアリアの持論は、ここでは割愛カットし、編集エディットし、簡略化リターニングする。


≪ヘプタレイヤー≫。

それは、この世界に存在する異能たちへの呼称。身近なところで言うとレイジなどがそれに該当する。

自然の力を操る者から文明社会の利器を自在に操作する者、生まれたときから能力を得ている者や人生のターニングポイントで能力が発言する者まで、それ自体のパターン例は多岐にわたり、その能力が有する特性を完全に把握しようとするのは至難の業とされている。

それらの能力に対して「世界からの祝福」と形容するか、「悪魔との契約」と定義するかは、特に地域による差が大きい部分となっている。少なくともこの騒性赤光街おもしれー街では、元の治安の悪さに掻き消されて「そういうものたち」として扱われていことが、この都市自体の特異性を表すもの足りえるだろう。(もちろん、デイブレイク以外にも≪ヘプタレイヤー≫たちと共存を歩む選択をした土地は少なくない。)

「能力者への目に見える特別扱いが無い」、と聞くと一見素晴らしく聞こえるが、実態としてはこの街全体としてのスタンスが「自衛のためなら好きにしろ。生き残っている者こそが正義だ」なんてものだからではあるのだが。

まあ、そんなようなこの街の治安の悪さに対する怨嗟は置いておくとして、覚えていて損はない知識ではあるだろう。特に、この先にある彼らの物語を見届けようとしている場合は。


と、アリアが異能についての知識を好き勝手語っていると、店主が表の方へと戻ってくるのに気づき、そちらの方へと視線を向ける。

注文した通りの品物が揃っているのを確認すると、少し鞄をがさごそと漁った後に、そこからカードを取り出す。

「支払いはこれでいいよね?代金ぶんはしっかり入れておいたよ」

「確認した。毎度ありがとうな、これからも御贔屓に」

変な足の着き方がしないように、と即席で作った銀行口座に京軌貨幣オービタル・エン(この街の共通通貨)を振り込んだもの。アリアが現実オフラインで物の売り買いをするときは、大抵この方法だ。

彼女いわく「昔の癖でこうしないと落ち着かないんだよね~、別に僕がめんどくさくなるだけだしだから変える気もないしさ」という主義らしくて、それを咎める人間たちもこの都市にはいないものだから、アリアが頻繁に関わる商人たちも、もはやその支払い方に慣れさえしてきている。


「それじゃあ、そろそろ帰ろうか!」

数件の店舗でそんな風な買い物を終えた二人は、いつも通りの帰路へとつく。

保険金詐欺(そもそも正規の保険会社なんてものは存在しない)の実行現場や、路地裏で行われる「漢の信念」なんてものを賭けた1対1の殴り合い、はたまた街全体を使った大迷惑な芸術指向グラフィティアート。そんな喧噪たちが飛び交う中でも、好んで首を突っ込むようなことをしない場合は、無害でありふれた喧噪に過ぎない。


―まあ、相手から突撃された場合は別なのだが。

相も変わらず煩わしい環境音交じりに、ビル街の中を歩いていると。

「ちょっと無防備過ぎないか、兄ちゃん」

いつの間にか彼らの後ろに居たそんな声の主は、レイジの持っていた荷物から数品を見定めて、異常なまでの手際の良さでそれらを取り上げる。

「「あ!」」

あまりにも急な出来事に、二人は一拍遅れたリアクションを返す。

財布、スマートフォン、「ちょっとした仕事道具」。

的確に金目の物だけを盗んでいった黒髪の男は、「結構良いモン持ってるじゃねえか。俺が責任もって金に換えてきてやるよ!」と言い放ち、早急にここから逃げられるような準備をする。

「「お前/おまえ、待て、逃げるな!返せよ泥棒!」」

もちろん、レイジたちが男の無法者ムーブを甘んじて許すわけもなく、すぐさま男の後を追いかけていく。

追手を撒こうとする意図か、男はやけに綺麗な軌道で邪魔な小物を投げてくる。

当たったら地味に痛いペン、それなりの質量を持つ文庫本、こちらを煽るようなバナナの皮、など。

そんな邪魔も避けながら、二人は男を追う。

男が近くにある4階建てほどの高さの商業用ビルへ逃走したのをを見て、その後を追いながらビルの中へと入る。

一階にあるコンビニの中へと入った後、二人は周囲を見回す。

庶民的ではあるが、ある程度の広さは確保されている店内。こまごまとした柱やちょっとした陳列棚のせいで開けた視界が確保できない、そんな状況の中。

奥にあるエレベーターの中に、明らかな存在感を放つ男がいるのに、最初に気が付いたのはアリアの方だった。

「あいつ、この状況でエレベーター使おうとしてるぞ!?駆け込め!」

「閉」ボタンを連打する男と、全力でエレベーターへ入ろうとする二人。

小さい店内の中をドタドタ騒がせていく3人の不届きものたちを見て、店員は少し嫌な顔をしつつも、ひたすらに目を逸らすことで事なきを得ていた。「変に目を合わせると巻き込まれる」ということが分かっているのだろう。これがこの街の処世術だ。

と、少し目を離して一般人に話をフォーカスしていたうちに、先ほどのエレベーターを賭けた決戦は終了していた。

端的に言うと、敗北。

二人は乗り込めなかったのだ、エレベーターに。

ただ、しかし。

彼らがそんな失敗ごときで諦めている人間だったならば、この街で数年間住居を構えて過ごすなんて出来ていなかっただろう。

「待った!」

焦り交じりで回した脳髄で、レイジはこの状況における最適解を導き出す。

「この高さだったら階段のほうが早いんじゃないか!?」

そう言い放つと共に、件のエレベーターの真横にある非常用階段のドアを勢いよく蹴破る。幸い、階段を上るにあたって障害となり得そうなものは何もない。

建造物に横付けされた、簡素な鉄骨式の非常階段。


所々が緑に錆びがかっていて、少し狭苦しい柵がついている銅作りの様子。

多少でも強い力が加われば崩れてしまいそうなその足場を、二人は駆け上がっていく。

ふと手を掛けた柵が尋常じゃないほどの経年劣化により歪んだり、あるいはシンプルに足を階段へ引っ掛けるなど、ところどころ危なっかしい場面はありつつ、彼らはどうにか屋上まで辿り着く。

屋上は閑散とした休憩場になっていて、目立つものと言えば、件のエレベーターが上がってくるであろう小さい倉庫くらいのもの。

下の階からは、まだエレベーターがこの建物を駆け上る駆動音が聴こえる。

計画通り、彼の窃盗犯を追い越し、冷風も吹く屋上でそれを待ち伏せることに成功した。

「―あ。」

と、そのドアが開くと同時に、窃盗犯の姿が二人の目に映る。

黒髪、パーカー、盗んだものを詰め込むのに適した鞄。

そんな風貌の男は、待ち伏せられていたと気づくや否や、すぐに投降したような素振りを見せる。

「いや、参った、参った!」

「盗んだものは返すし、もう二度としないからさ、こんなこと」

「だから、今回だけは見逃してくれないか?」

と、両手を上げ荷物を降ろしながら、命乞いにしては余裕のあるような台詞を口にする。

いかにも怪しいな、などと二人は考えつつも、その男が反撃してくる余地も無いだろうと、しぶしぶその命乞いに応える。

「まあ、そういう事なら……」

「ほら、盗んだ物、早く出せ」

がさごそ、と鞄の中を漁らせ、先ほど盗られたもろもろを取り返す。

鞄の中に凶器になりそうな物もなく、男が攻撃できるとしても、その拳で殴るくらいだろう。

市場価値を下げたくなかったのだろうか、それらには盗まれてから特に目立った損傷もなく、先ほどまでと変わらない様子だった。


盗まれた品々もあらかた取り返し、二人はそこから立ち去ろうとする。

なし崩しで(元)窃盗犯と共にエレベーターに乗り、1階へと戻る。

「それにしても、一発くらい殴っても良かったんじゃない?」

「まあ、無駄に暴力をふるうのも好きじゃないんだ。あっちから殴りかかってもこない限り」

「まったく、レイジは甘いんだからなあ……」

などと二人が言葉を交わしているうちに、エレベーターの扉は開く。

建物から出て、今度こそ帰路につこうとした、その時。

「引っかかったなバカ共!」

という声と同時に、後ろから飛んでくる鞄。

男が居た距離からその場所まではそれなりの距離があり、通常なら到底届くはずもない投擲。

ありえない速度、ありえない飛距離のそれは、まともに受けると相当なダメージとなるだろう。

「君も"そっち側"か……!」

と、アリアが言う。

まあ、察しの通りだろう。

黒髪の男。一般人とも思えたその窃盗犯もまた、ヘプタレイヤーであった。

端的に言えば、【射出】。

物体の運動エネルギーを局所的に増加させる能力、なのだろうか。

その鞄を投げる瞬間に射出力を強化し、それによって増した速度と飛距離。

直撃すれば、長期間の療養は避けられないだろう。

だが、


―止めた。

そんな能力が込められた、迫りくる渾身の鞄を。

その鞄を受け止めた"それ"は、黒ずみ、変貌したレイジの右腕だった。

「まったく……」

「だから油断できないんだよ」

レイジはそう言い、今さっき掴んだ鞄を持ちながら、男の方へ向く。

「悪いね、その能力ちからを持ってるのは君だけじゃないんだ」


魔剰投与デビルズドーズ】。

ヘプタレイヤー、斑鳩レイジが持つ能力。

至極簡潔に言い表すなら、「ドーピング」。

もう一歩踏み込んで解説すると、レイジの能力は「身体の置換」。

一時的に身体の一部を【】と置換することにより、それ相応のスペックを引き出す、という能力。

【置換】した部位は普通の成人男性を凌牙するスペックを持つ。

言ってしまうなら、男が喧嘩を売った相手は、並大抵のチンピラじゃ歯も立たない相手だったのだ。


そんな力を用いながら、二人は男が居る方へと詰め寄っていく。

そこへ近づいた後、レイジの腕にある鞄は一振りされ、男の横を掠め取る。

幸い当たっていなかった(当てる気が無かった)ため負傷はしていないが、この状態でまともに喰らえばひとたまりもないだろう。

「まず、弁明はあるかな?」

とアリアが問いかけると、男は口を開く。

「待った!本当にすまん!どうか命だけは!」

と、今度こそ心からの命乞いだろう。聞いているだけで迫真さも伝わってきそうな気迫だ。

「大人しく捕まるのと、君の鞄ぼくのうでで一発殴られる」

「どっちがいい?」

と聞くや否や、男は更に慌てて答える。

「捕まります!ここで!」

と言い、本当の本当に降伏する。


「泥棒野郎、捕えたり~」

アリアのその声と共に、この事件はひとまず幕を下ろした。

その後は、場に居合わせた店員に店内を荒らしたことを謝った後、男をこれからどうしてやろうか、なんて話で時間が経っていた。

「とりあえず、だ」

「うちの職場の雑用係として雇う、でいいね?」

両手両足を安っぽい縄で締められた男を台車に載せ、レイジはそう問う。

「わかったよ。いや、わかりました、アニキ」

縛られて連れ回されている男は、しょんぼりしつつも目を輝かせてそう言った。

命を救われたことにいたく感銘を受けた様子で、今度こそ本当に敵意はないだろう、と見て取れる。

「アニキってなんだよ……」

レイジは困惑しながらも、まあいいか、と歩き続ける。

「言っとくけど、また変なことしようとしたらめっだからね?」

「やけに怖いルビ使うんじゃありません」

なんて掛け合いをしながら、さっきまでの出来事も日常の1ページ、かのように歩いていく。


「よし、ようやく着いた」

「ようこそ雑用くん、今日からここが君の職場だ」

斑鳩レイジ、アリア・Aアマデウス・ハウンド、後々名前が明かされるであろう雑用くん。

彼らの職場兼事務所であり、レイジとアリアにとっては帰るべき家。

デイブレイクの某地、通称≪彩雅≫と呼ばれる区域に建てられた、風情のあるようなアパート。

真っ当にボロく、それでいてやけに頑丈そうな雰囲気を漂わせるそのアパートの一室に、彼らの事務所はあった。


デイブレイク 2-2-0≪彩雅≫ アパート≪天盃≫ 404号室に居を構えるその事務所は、こう名を冠していた。

≪ヘプタレイヤー≫事案特化自警団、【ハウンド】。


ようやく縄も解かれ、身体の自由を寄越された男は、期待と共にその扉を開ける。

彼らがこれから多くの物語を紡いでいき、いずれ伝説を残すであろうその事務所は……


到底職場だと思えないような、生活感溢れるアパート4階の一室だった。


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