第24話 王都潜入

 

 ###王都



 ヴァイオレットはオルトレーンのテレポートで移動した直後に飛び込んできたその景色に困惑した


 キューレが横で不快感を露わに声を出す


「っは......ホント腐ってやがるな神って奴は」


 いたるところに火の手が上がり、白く輝く街並みは黒と赤に染められていた


 キューレの優れた感覚であれば人の焼けたにおいを感じ取っている事だろう


 ヴァイオレットもあまり嗅ぎたい臭いではない為、口布をしっかりと鼻の上の方までしっかりと付け直す



「ワシが水魔法さえ使えればのぅ......」



 オルトレーンが悔しそうにつぶやくのは、恐らくこの景色を見たら誰よりも心ゆらすであろう甘い主が想像できるからこそだろう


 険しい視線を王都に向けるキューレが、悲劇の惨状から目を背けずに言う


「こう火の手が上がってちゃ、アタイの糸も頼りにならない可能性が高いけど、どうする?続行かい?ここまでの荒れ具合だ、一度引いてアピサルやらの規格外に来てもらうのも手だと思うけどね」


「ううん、やる」


「本気かい?あんたも無事じゃすまないかもよ?」


「この状況が長く続くと、ボスが悲しむ」


「ふぅ~ん。お優しい暗殺者ってか」


「ボスは、温かいから」


「......ま、わからないでもないけどね」


「ピィ!」



 それぞれの中で方針が固まったのか、それぞれが別方向を向く



「暗殺者は潜入、アタイとヒヨコと爺で民を救う。一応全員に糸はつけるけど、当てにしないで自分の面倒は自分で見る。いいね?」


「ピィ!」


「ワシは問題ないの」


「了解」



 そして3人と1匹は一斉に動き出した








 ###王都裏路地




「はぁっ!はぁっ!はぁっ!」



 あちこちから火の手が上がる王都を走る二つの影


 それは昨日竜将が悪漢から救った少年と、その少年に手を引かれる幼い少女であった


 走りつかれたのか、少女の足が止まる



「お兄ちゃん......もう......ダメ」


「諦めるな、早くしないと!」



 立ち止まってしまった二人の元に燃え盛る二人の男がやってくる



「ガキィィィ!!」


「ギノウは、逃がしたが、ギョウハ......ニがさない」


「ガルド様への贄になれ」



 燃え盛る悪漢たちは不気味に笑いながら少年へと近づいていく


 少年は少女を守るように、男たちの進路で両手を広げて立つ



「妹には触らせないぞ!!」



 その少年の叫びが、ツボに入ったのか、男たちがげらげらと笑い始める。


 そしてその愚かな行為の代償を払わせるため、全力で少年に向かって走り出した。そしてサッカーボールのように少年を蹴飛ばそうと足を振り上げたその時



「ピィィィ!!」



 黄金の勇者が間に立ちふさがる


 加護の炎によって爆発的な勢いで繰り出されたケリは、ピー助の黄金障壁によって完璧に防がれ――


「ピィィィ!!!」


 ――反射スキルによって、そのダメージを全て相手の足にはね返した



 バキバキと、確実に骨を損傷した音


 男の加護はそこまで強くないのか、即座に回復するようなことはなく、痛みで転げまわっている



「ひよこさん?」



 少女が目の前に現れた救世主に声をかける



「ッピ!」



 任せとけ、とでも言わんばかりの頼もしい背中は


 たった30cmだったが、少女の目にはとても大きな勇者に見えて



「わぁ、勇者様だ......ヒヨコの勇者様だ!」



 思わず大興奮になる。両親を失ってから心を閉ざすばかりだった少女にとって久しぶりの笑顔だった。


 少年は直前まで死を感じていただけに、状況の変化についていけない



「ピィィィ!!!」



 しかしピー助から暖かな光が降り注ぐと、不思議と怖いという気持ちはなくなり、妹と一緒に目の前に現れた小さな金色の勇者の戦いに興奮していくのであった



 ピー助は雛光魔法を発動し、剣に光を集める。


 炎に包まれた男は、先ほどの反射を警戒してるのか、じりじりと間合いを詰めてきている


 両手を横いっぱいに広げていることから、相手の狙いは自分を拘束だと判断したピー助は勢いよく前に出る


 テチテチテチテチテチッッ!!


 勢いよく......とはいってもそれは主観の話であり、30cmのヒヨコフォルムはお世辞にも足が長いとは言えず、実際には「え!?思ったより速い!?」程度のもので、他の仲間たちのように光速や神速という表現に達する程ではない


 それでも自己バフによってAランクになったAGIで高速テチテチを繰り返し、思ったよりも早く男たちの足元に到達


 男は意表は付かれたものの、加護によって強化された動体視力であれば、対応できない速度というわけでもなかったので迫りくるヒヨコを掴み取ろうと腕を動かす


「ピィ!」


 掴んだと思ったその瞬間ピー助の体が掻き消える


「ガァ!?」


 男が困惑しているとその少し横にずれた位置に現れるピー助

 雛光魔法によって生み出した幻影によって、体一つぶん自分の位置をずらして見せていたのだ


 男に大きな隙を作ったピー助はここで決める!とばかりに剣をさらに光らせ、小さな三日月の斬撃を繰り出す


「グアァァァ」


 脇腹を斬られた男は、先ほどの男と同じようにすぐに復活することはなく、その場にうずくまる


 勿論時間が立てば復活するだろうが、自分の役目は倒すことではなく守ることと知っているピー助はこれで十分と、子供たちの方を振り向き、先導するように走り出す


 子供たちは、きらきらした目で可愛くもたのもしいヒヨコの勇者の後をついていく


 そして、ピー助が離れた時、男たちを覆っていた炎が消え、2筋の流星となって王都で最も大きな炎の元へと飛んでいくのであった――




 ###王都 商店街


(ッチ)


 王都の中でも混乱の極みに達している商店街エリアに来たキューレは己の糸魔法や弓といった得意戦法とガルド=イグノアの炎との相性の悪さに、盛大に舌打ちをする


 いくら急所に必中の矢を放とうが、小さな傷はすぐに回復され、糸で拘束しようにも炎で焼き切られる


 すこしの時間稼ぎは出来るので、襲われている人を助けてることは出来るのだが、人を助けるたびに感謝されるどころか


「エルフ!?」「亜人が何でこんなこ所に!?」


 と侮蔑の視線を向けられ、さらには


「貴様らがこの状況の元凶だな!」等


 助けられておいて随分と身勝手な解釈をし、襲い掛かってくる人間もいた


 加護さえ発動していない人間なら拘束できると、糸魔法を使った人間に限って加護に目覚めて襲ってきたりするので質が悪いことこの上なかった


 積み重なるストレスを敵にぶつけようとも、相性が悪過ぎる敵に対して余計にストレスが溜まる



「あぁ......もう!何でアタイは人間のためにこんなことやってんだ!」



 キューレの脳裏に浮かぶのは、今の王都以上に燃え盛る故郷。


 聞こえる悲鳴......自分が人間を信じたせいで全てを失った日の事


 脳裏に自分が一番思い出したくない景色が浮かんでしまったキューレは途端にやる気が失せる



「馬鹿らしい、もうやめよ」


 何故人間に苦しめられてきた自分が、人間のために頑張って、それによってさらに嫌な思いをしなければならないのか


 そう思ったキューレは、混乱に包まれる商店街に背を向け歩き出す。


 そして、さっさとオルトレーンと合流し、桃源郷に帰って、モモやケルに癒されようと思考をリセットしようとして――


「た、たすけてくれぇぇぇ!」


 ――声が聞こえた


 ギリッ


 キューレは思わず奥歯をかみしめる


 呼び出された直後の自分なら、人間の悲鳴なんて完全に無視できていたのに


 人間がどうなろうが知ったことではなかったのに


 何で自分が......とさらに不愉快になる



「それもこれも、全部あいつのせいだ」



 キューレの脳裏に、あの男の顔が浮かぶ


 生まれて初めて会ったタイプの人間


 力はないくせに他人のために必死になり、危険とわかっていても手をさし伸ばす、愚かな男


 解決する力もないくせに、ホイホイ面倒ごとを抱え込んでは、仲間に丸投げするクズ野郎



「......この憎しみを忘れたら、アタイが、アタイじゃなくなっちゃうのに......」



 人間を助け続けたら、人間を憎む心と、憎むべき人間を助けた事実の板挟みで、心が無くなってしまうのではないか。このまま人間を助ける事を当たり前に思ってしまえば、いつか人間への恨みが消えてしまうのではないか。


 そんな恐ろしい未来に恐怖する。


 この胸を焦がす憎しみの炎が消えてしまったら、自分は自分で無くなってしまう


 それがキューレは怖かった



 それでも――


「くっくるなぁああああああああ」


 ――先ほどより差し迫った悲鳴を聞いて

 


 キューレは気づかぬうちに踵を返して走り出していた





「あぁもう!!......ホント!全部!アイツのせいだ!」





 キューレの目には、怒りと、諦めと、そして——


 ほんの少しの、温かさが浮かんでいた

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