25575日目


 夏空は、70年前と全く変わらず、青く深く広がっている。

 入道雲は不動の存在感でもって、すっかり変わってしまった僕の目の前に、変わらず立ちふさがっていた。


 ――僕は毎年、夏になるとあの古びた洋館に足を運んだが、ナツは現れなかった。


 あの時、ナツは70年間眠るんだと言っていた。

 あの言葉が正しければ、今年の夏、それも今日、いまここで、ナツにもう一度会えるはずだ。


 今ではすっかり老人になってしまったが、それでも、僕はあの時のことをナツに謝りたかったのだ。


 怒鳴り散らしたこと。

 青汁を飲ませてやれなかったこと。

 嘘つき呼ばわりしてしまったこと。

 お別れを言えなかったこと。

 謝りたいことは山ほどあるのに、謝り方は見当がつかない。

 ナツにとっては昨日のことでも、僕にとっては70年前のことなのだ。


 鉄の門扉を押し開けると、寂しげな音が木々に吸い込まれる。代わりに、風が葉を揺らす音が返ってくる。


 お邪魔します、と呟く。


 館はさらに朽ち果てていて、信じられないほどに涼しかった。


 ――あの夏、肩にぶら下げていた水筒を、僕は持っている。

 中には、今は亡き祖父から作り方を教えてもらった青汁が入っている。


 もしナツに会えても、僕だとはわからないかもしれない。

 僕のことなんて忘れているかもしれない。

 怒っているのかもしれない。

 ――それでも、僕は、もう一度ナツに会いたかったのだ。


 部屋の扉を開けると、僕の皺だらけの顔を、懐かしい冷気が包んだ。

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ナツ リウノコ @riunoko

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