第2話 廃屋より、一体 ②
「廃屋より、一体」──
回収する“廃品”が何なのかは不明だが、依頼元はヤクザの鈎村組。
今回も“死体案件”の可能性が高い。
しかも、場所は彼らが手放した廃ビルの指定。
となると、組にも知られたくない死体── つまり、“身内の始末”という線が濃厚だ。
第六積載車──
目的地は、かつて " 釘沼ビル " と呼ばれていた場所。
釘沼ビルは、かつて鈎村組の管理下にあったものの、今ではオーナーも付かず、取り壊し予定の廃墟である。
鉄柵で封鎖され、その近辺は、夜ともなれば人通りもほぼ消える。
ダイロクは、そんな人気(ひとけ)のない一方通行の裏通りに入り、釘沼ビル跡地の前で停車した。
──そのとき。
「……っ、誰かいるぞ。」
「おーっと。……どう見てもヤクザって風体じゃねぇか。アイツが依頼人だな。」
鉄柵の前に、場違いな男がひとり。
ダークグレーのスーツに濃紺のシャツ。夜なのにグラデーションサングラスをかけ、佇む姿はまさに絵に描いたような“その筋の者”。
ダイロクのヘッドライトに照らされ、こちらを無言で見据えているが、その立ち姿はなんとも威圧的である。
「どうもー、ムクロヤでーす! 廃品の回収に参りましたー。」
ゴンがいつもの調子で挨拶し、蓮司は無言のまま車を降りる。
その二人に向かい、男は丁寧に頭を下げた。
「この時間にわざわざ……お手数かけます。私は鈎村のしがねぇ組員で、名を槙 陽介(マキ ヨウスケ)と申します。ムクロヤさんの評判、かねがね伺ってまして……一体、回収をお願いしたく、依頼させて頂きました。」
「……あー、一体ってぇと、やっぱ“ご遺体”すか?」
「……いや。」
「え? 違うんすか? だったらその“一体”ってのは……?」
「……ムクロヤさんは、トラックの荷台に乗るモンなら、何でも引き取ると聞いてます。……なら、これも運べるんじゃないかと思いまして。」
槙は鉄柵の隙間に手をかけ、ゆっくりとこじ開ける。
そして、何故かその奥へと " 手招き " をした。
「……っ!!?」
「なっ……まさかこの子が、“廃品”だってのかよ……」
現れたのは、小学校低学年ほどの幼い少年だった。
「はい。……処理は可能でしょうか?」
「いや、処理って……。さすがにこれは前例がないな……。」
「……。」
死体の回収を想定していたゴンは、目の前の“依頼品”に言葉を失い、動揺を隠せない。
だが、蓮司は黙ったまま、じっと少年を見つめていた。
痩せた身体。
潤みのない目。
怯えるように、肩をすくめた姿。
──この子は、間違いなく“愛されたことのない子供”だ。
「……っ」
蓮司は、自分の過去を否応なく思い出していた。
反社に繋がる家庭。金と暴力に染まる生活。無垢だった心が、いつの間にか“日陰”しか知らない大人へと変わっていく。
──そして、この目の前の少年は、間違いなくその道を歩まされようとしている。
蓮司の眼が、槇に向けられる。
その鋭い視線には、冷たい怒気が宿っていた。
「……この子が“廃品”だってのかよ。ヤクザってのは、人間性まで捨てたクズばかりか。」
「……っ」
「お、おい、蓮司……!」
ゴンが慌てて止めに入るが、蓮司の怒気は収まらない。
しかし、その手が槇に伸びる寸前──
「違う!」
鋭く、しかし震える声が割って入る。
「おじさんは……悪くない。」
「……っ!?」
「おじさんは、僕に……優しくしてくれるんだ。」
少年は、槇の前に立ちふさがり、スラックスの裾をぎゅっと握った。
「……っ。チッ……」
気まずそうに、蓮司は目を逸らし、頭を掻いた。
「……蓮司、マジ頼むって……」
ゴンが引き攣った笑顔で、場をなだめようとする。
空気が張り詰める中、当の槇は一言も発さず、ただ静かに見守っていた。
たが、やがてゆっくりと口を開く。
「……今の彼の言葉で、安心しました。ムクロヤさん……この子の回収、お願いできますか?」
「……はあ?」
「聞いたところによれば、御社は殺しは請けないそうですね。だからこそ、お願いした。」
「……殺しじゃないってんなら、これは一体どういう事だ……?」
険しい眼差しを崩さぬまま、蓮司が問い返す。
槇は、静かに答える。
「私は、見ての通りのヤクザ者です。そしてこの子もまた、私たちのような社会に巻き込まれてしまった。」
「……。」
「だからこそ、“処理”といっても、殺してほしいわけじゃない。ただ── 彼を“日陰”から遠ざけてやってほしい。」
「……なるほどな。つまり、アンタにはできねぇから、俺らに託すってワケか。」
「……。」
槇は、深く頭を下げる。
そして、懐から封筒を取り出し、和紙で丁寧に包まれたそれを差し出す。
「……なんだ、これは。」
「彼に関する情報です。……ご覧になったあと、焼却して頂ければ。」
「……通りで、やけに簡素な依頼だったわけだ。」
蓮司は、封筒を受け取るなり、そのまま懐に突っ込んだ。
槇が少年の背をそっと押すと、少年は俯いたまま、蓮司とゴンの方へ歩み寄る。
「……よろしくお願いします。」
再び、槇は深く頭を下げる。
蓮司とゴンは、それ以上何も言わなかった。
この依頼が、単なる“回収”ではなく、少年の命に関わる“分岐点”だと理解したからだ。
「廃屋より一体」──
それは、闇社会から表社会へと託される、“生きた廃品” だったのだ。
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