回収屋は夜に嗤う

Tusk

EP.1

第1話 廃屋より、一体

 この国では毎年、3万人もの人間が行方不明になるらしい。

 もちろん、後から無事が判明するケースもある。

 だが、それでも数万単位で人が「消えている」という現実は変わらない。

 中には、まるで廃品のように処分された者たちもいる──

 闇社会の、底の見えない暗部だ。


 不祥事、裏取引、政治的なゴミ……

 表沙汰にできない「証拠」は、闇の中で密かに処理される。

 そう。

 たとえ、それが“人間”であっても。


── 回収屋は夜に嗤う ──


「蓮くーん、回収依頼来てるから、行ってきてくれる?」


 世間に知られてはまずい「廃品」を秘密裏に処理する闇の回収業者──“ムクロヤ”。

 そのアジト……いや、表向きは「事務所」として登録されているのは、寂れた業務用貸し倉庫の跡地だ。


 その日、新たな“回収依頼”を報告したのは、明るくハキハキとした声の女性。

 名は、花巻鐘代(はなまき・かねよ)。

 ムクロヤでは「ハナちゃん」と呼ばれている事務員だ。

 元はホステスや風俗といった夜の仕事に就いていたらしく、派手な見た目をしている。

 ……が、今ではすっかりふくよかな体型になってしまっている。


「……おう」


 その報告に、ぶっきらぼうな返事をしたのは、葛城蓮司(かつらぎ・れんじ)。

 ボサボサ頭に無表情。目つきは鋭く、左頬に古傷。

 整った顔立ちだが、どこか人を寄せつけない雰囲気を纏っている。

 筋肉質で背も高く、左腕には蓮と髑髏を組み合わせたタトゥー。

 見た目の威圧感からして、“カタギ”ではなかったことは一目瞭然だ。


「おーい、蓮司〜。いってら〜」


 カップ麺を啜りながら軽く声をかけたのは、権藤鷹丸(ごんどう・たかまる)。

 金髪ツーブロックにヤンキースウェットという、ダサさが逆に際立つ40代の中年男。

 かつては工場勤務、家庭もあったらしいが、ギャンブルで全てを失い、闇金に手を出して破綻。

 行き場を失い、ムクロヤに流れ着いた……救いようのないダメ人間である。



「何言ってんのよ、ゴンさん! アンタも行くに決まってるでしょ!」


「え〜……オレも〜? こんな時間から回収とか、面倒くせぇっての……」


「アンタ、トラックの運転くらいしか取り柄ないんだから! そのカップ麺かき込んで、さっさと行きな!」



 寡黙に身支度を進める蓮司を横目に、カップ麺を啜りながら文句ばかりのゴン。

 その頭を、ハナが丸めた依頼書でパシッと叩いた。


「いってっ……チッ、わーったよ!」


 ゴンはぶつくさ言いながら、麺をすすりスープを飲み干す。


「そういや、社長はどこ行った?」


「知らなーい。……どうせまた、行きつけのキャバクラでしょ?」


「カァーッ、あのオヤジ……夜間稼働だっつーのに、またフラフラ遊び歩きやがって!」


「しょうがないって、社長なんだから。 それに“いざって時は連絡しろ”って、いつも言ってるし。……ほら、“ほうれんそう”ってやつ?」


「なーにが“ほうれんそう”だよ! 電話出た試しがねぇじゃねぇか、あのオヤジ!」



 文句をこぼしながらも、ゴンは急いでツナギと安全靴を身に着ける。

 蓮司はとっくに準備を終えていて、二人のやり取りを無言で見ていた。


 だが、ゴンの支度が整ったのを見計らって、蓮司が口を開く。


「ハナ、回収場所は?」


「あー、そうそう。隣町のC地区、取り壊し中の廃ビルが指定されてるわ。たしか“釘沼ビル”だった場所ね。……今夜23時、回収希望だって。」


「釘沼ビル……あそこ、昔は鈎村組が使ってたとこじゃねぇか?」


「ビンゴ。しかも今回の依頼主、その鈎村組の組員らしいのよ。 ……どうして今さら、手放した廃ビルで回収依頼なんて出すのかは不明だけどね」


「……回収する“廃品”は、組にもバレたくねぇ代物なのかもな」


 蓮司はいつも通り、無表情でさらりと物騒なことを言う。


「おいおい……ヤクザが依頼主で、そんな怪しい場所指定ってことは……また死体なんじゃねぇのか……?」


 流れから察して、ゴンが眉をしかめながら頭をかきあげた。


「廃品の詳細は不明だけど、その可能性は高いわね。── “廃屋から一体”って依頼内容だし。」


「うわ……それ、ほぼ確定じゃねぇかよ……」


「しかし、組にも知られたくないとなると、身内の誰かを殺しちまった可能性もあるな。……一応、納体袋を持っていくか」


「げぇーっ、また死体処理!? やだー! 飯が喉通らなくなるー!」



 ムクロヤは、トラックの荷台に積めるもので“廃品”とされるものなら何でも回収・処理する。

 それが、人間の死体であったとしても──だ。


 中でも、ゴンはこの“死体案件”だけは何度やっても慣れず、大の苦手だった。

 処理をする際の光景、感触、匂い……それらを思い出して、数日間は飯が喉を通らなくなる。


「ゴンさん、文句言わないの! ヤクザ案件は単価が高いんだから! ……しかも、今回うまくいけばボーナス出るかもよ?」


「マジで!? で、今回の依頼料ってどれくらいなんだ?」


 さっきまで渋い顔をしていたゴンだが、金の話となると一転して食いつく。

 ハナはニッコリ笑って、右手をパーにして振ってみせた。


「ご・ひゃ・く・ま・ん!」


「……よっしゃあ! 行ってくるわ!」


 思ったより依頼料が高額でテンション急上昇のゴンは、勢いよく回収トラックへ向かう。

 運転は彼の担当。蓮司は黙って助手席に乗り込んだ。


 その車両の名は「第六積載車」──通称・ダイロク。

 レトロなトラックを黒塗りにし、地味ながらカスタムされたホロ付きの普通車トラックだ。


 蓮司とゴンを乗せ、ダイロクは静かにエンジンを唸らせる。


 闇の廃品回収は──

 街が夜闇に沈む頃、静かに始まる。

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