第三章 7

大帝興業での第一次面接は、学生を篩にかけることが主な目的だ。

 志望動機や、学生時代力を入れてやってきたこと、さらに自己分析などの質問をされる。

 既にエントリーシートで記入したことの、さらに深い部分を突っ込んで聞かれるから、油断はならないのである。

 五人一組の集団面接で志望動機を質問され、先に答えた二人の無難な返答を聞いていた凜は、自分の番になって自信を持ってこう答えた。

「御社の八十七年に渡る長い歴史と業界に与えてきた影響力、社員をただの社員としてではなく家族のように思い扱うという社風と、社員のみなさんのお話を聞いて、ぜひ御社で働いてみたいと強く思うようになりました」

「ほう」

 面接官の一人はその答えに興味を持ったようだった。

「なかなかわが社のことを勉強したようだね。うちは創立八十七年だが、実はできたのはもっと前なんだよ」

「はい、存じております。なんでも、現会長がまだお若い時に口約束でできてしまったので、本当は創立でいうと九十七年なんだとか」

「ほう、君はよく知ってるね。その通りだよ」

 三人の面接官たちは顔を見合わせて、うなづき合っていた。凜はよし、と心のなかでガッツポーズをして、手応えありと感触を掴んでいた。

 大学に行った時たまたま霧亥と会ってそのことを報告したら、

「……ふーん」

 と、彼はなにやら気に入らない様子である。

「なによ、そのしけた反応」

「別に」

「私が大帝に受かるの、そんなに嫌なの」

「嫌ってわけじゃねえけどよ」

「じゃなによ」

「でもよ」

「なにさ」

「もしよ、大帝に入って先輩となにかあって、こじれたりして先輩と顔合わせたくなくなったりしたら、お前そん時辛くね?」

「やーだ霧亥ったら」

 凜はからからと笑い飛ばした。

「なに言ってるのよ。私が先輩の顔見たくないなんてこと、あるわけないじゃない。ないないそんなことあるわけない」

「ならいいけど」

 面接の結果は二週間後に出る。その後は筆記試験だ。

「あれだろ、どうせ一般常識とかだろ。お前気をつけろよ」

「な、なによ。それくらい平気よ」

「緑茶は何度のお湯で淹れるか、知ってっか」

「そ」

 凜は顔を真っ赤にして、慌てて言った。

「そんなの一般常識じゃないじゃない」

「一般常識だよ。小学校の教科書に載ってるだろ」

「うそうそうそうそ」

「嘘じゃねーっていてて。馬鹿、叩くなっての」

「だいたいそんなの入社試験で聞いてこないわよ。お茶の淹れ方なんて」

「例えだっつってんだろうが」

「……ちなみに、何度よ」

「なにがだよ」

「緑茶を淹れる温度よ」

「なに怒ってんだよ八十度に決まってんだろいい加減にしろあほが」

「きーっまたあほって言った」

 今年の夏も暑い。蝉も鳴いていないようである。

 二週間後、面接の結果が文書で通達された。

「『福原凛 様 第一次面接の結果、合格となりましたので、一週間後の筆記試験にお越しください。持ち物は……』」

 凜はそこまで読んで、ふーっとため息混じりでベッドに倒れ込んだ。

 よかった。通った。

 筆記試験の内容は、大帝に採用された社員を訪問した際に聞いておいた。漢字の読み書きや小学生レベルの足し算引き算、お年寄りが荷物を持って階段を歩いていたらどうするかを選択問題で聞いてくるなどだという。

 それくらいなら、いける。大丈夫だ。

 それでも油断禁物と思って、漢字問題の予習をしておいた。

 一週間後、会場に十五分前に到着して、凜は準備万端でやってきた。まだ誰も来ていない。一番乗りだ。

 待っている間に身体を冷やそうと思って、汗を拭いた。冷房が程よく効いていて、すっと汗が引いていく。

 早目に来てよかった、と思った。ぎりぎりで来ていたら、もっと余裕がなくて汗もだらだらで、落ち着いて試験を受けることはできなかっただろう。

 しばらくするとちらりほらりと人が入ってきて、そのうち試験官がやってきて、試験を始めます、と言って用紙を配り始めた。

 始めてください、という声と共に、凜は用紙をめくった。

 初めは、計算問題だった。

 二かける二はいくつだとか、四かける三はいくつだとか、そんな単純な問題が二十問ほど続いた。

 その次は、漢字の読みと書きだ。

 なになに、『彼女の同輩はすべて同年代だ』。かのじょ、どうはい、どうねんだい、と。

 次は『彼は頭がかたい』。ん? 堅い? 硬い? いや、固いだな。

 思ったより簡単だな。これは、いけそう。

 漢字の読み書きは数が多く、四十問ほどもあった。

 ページをめくると、ちょっと変わった問題があった。

『あなたはある女性と結婚する約束をしています。そして今、崇高なる戦いのために、あなたは仲間と旅に出なければなりません。そんな時、その女性がやってきて、約束を果たしてほしい、今すぐ結婚してほしいと言ってきました。あなたならどうしますか』

 えっ。なにこれ。こんなの聞いてないよ。あなたならどうする? 私なら……どうしよう。約束、してるんだよね。でも、崇高なる戦いのために仲間もいるのか。うーん。どうしよう。

 ちらりと腕時計を見た。時間が無限にあるわけではない。

 約束は、守らなくちゃいけない。そう思って、結婚する、という選択肢の方に丸をつけた。

『あなたは、今日食べるお金もありません。あるのは、十円玉五枚だけです。目の前の食べ物屋さんの店主は、目が見えません。お金の音を聞かせてください、と彼は言います。 十円玉の音を聞かせて、彼を騙して食べ物を手に入れますか? それとも、飢えることを選びますか?』

 えーっそんなの究極の質問じゃん。選べないよ。今日我慢できても、明日はまた飢えることになる。でも、騙すのはいけない。それも、目の見えない弱者を騙すのなんて絶対だめだ。ここで飢える、と丸をつけたら、きっと私は偽善者なんだろうな。でもそれでもいい。私は弱いひとにつけ込んで自分だけ満ち足りるなんてことはできない。

 飢える、に丸をつけた。

 冷や汗をかくようなそんなような問題を五つほどこなした後は、拍子抜けするような簡単な問題が待ち構えていた。

『お茶を大人数に入れる時は、一つの器にいっぺんに入れる』

 バツ。少しずつ入れる。

『野菜を切った後に肉を切るべきである』

 丸。衛生的にもそれが正しいし。

『緑茶を入れる正しい温度は、百度である』

 どきっとした。

 え、なにこれ。これ、霧亥が言ってたやつ。

 どきどきしながら、バツをつけた。

 そうしてすべての問題がなんとか終わって、凜はふう、とため息をついた。

 部屋は涼しいのに、額には汗をかいていた。

 試験が終わって表に出ると、蝉が鳴いている。ああ、今日は涼しいんだな。

 家に帰るとどっと疲れが出て、そのまま眠ってしまった。

 翌日、別の会社の面接に行った。霧亥の忠告を聞いて、念のためにと受けたのである。

 しかしこちらは大帝の時とは違って、まるで手応えがなかった。

 受ける会社を大帝だけに絞っているから、他にこれといってやることがない。

 硝子や霧亥は、どうしているだろう。ふと不安になってメッセージをしようと思い、手を止める。

 聞いたところでなにかが変わるわけじゃない。よそう。

 筆記試験の結果は、二週間後だ。そうしたら、二次面接だ。

 頑張れ、私。頑張れ、凛。ゴールは間近。採用されたら、先輩と毎日一緒にいられる。

 先輩――

 凜は青空にむかって思い切り手を伸ばした。

 自分はやれる、そう信じていた。

「よう、たまには飲みにいかね」

 霧亥がそう誘ってきたのは、大学の図書館で会った時のことだった。四年生だからといって、大学に行かないわけにはいかない。授業もあるしレポートもあるし、卒論のテーマだって考えなくてはならない。

「いいねー。私もう、いっぱいいっぱい」

「週末、空いてる?」

「今週末ならいいよ」

「じゃ行こう」

 それで土曜日に待ち合わせをして、イタリア料理を食べに行った。イタリア料理といってもつまみばかりを出すような店で、生ハムやチーズなどを小皿で頼んではグラスワインを飲むといった形式だ。

「んーおいしい。さすがに最近は疲れた」

「面接、どうだ。数こなしてるか」

「三つ行ったけど、どこもいまいちだった」

「そうか。お前は大帝しか目に入ってないからな」

「その代わり、筆記試験はばっちりだったよ。それに、緑茶の問題、出た」

「あん?」

「緑茶を淹れる正しい温度は百度である、っていう問題が出たから、バツつけた。冷や汗出た」

「ふふん。感謝しろ」

 白ワインをひと口飲むと、霧亥は言った。

「俺、内定もらった」

「えっ」

「お前に一番先に言っておこうと思って」

「どこ」

「前言ってた、医療機器のメーカー」

「すごいじゃーん」

 凜は霧亥の背中を叩いた。

「さっすが」

「お前大帝落ちたらどうすんだ」

「そんなこと考えてない。その時はその時」

 凜は祈るように指と指を組むと、目を瞑って上を見上げた。

「でもなんか、いけそうな気がするんだよねー。なにかが下りてるっていうか」

「……そうか」

 ああそうだ、霧亥は言った。

「俺、家を出るんだ」

「え、なんで」

「姉ちゃんが離婚して、家に戻ってくるんだよ。子供連れて。そしたらもう、窮屈だろ。

 だからちょうどいいから、俺が出るってことで話がついた」

「霧亥はそれでいいの」

「会社から実家は遠いし、それがいいよ」

 お前は、霧亥は続けた。

「お前はどうすんだ。住むとこ」

「え?」

「大帝からお前の家、遠いだろ。家から勤務先が遠いって、案外不便なもんだぜ。疲れて帰るのになにが悲しくて長いこと電車に揺られてなきゃいけねえんだって話」

「そっかあ……それもそうだよね」

「よーく考えとけよ」

 釘を刺されて、帰り道で思案した。

 そっか、アパートか。確かに大帝本社に勤めるとなると、家からは二時間近くかかるな。

 そうすると、九時に始業だから七時には家を出なくちゃいけない。六時起きだ。六時に仕事が終わって八時に家に帰ってきて、ごはんたべてお風呂入って寝るのが十二時。たったの六時間しか寝られないの? それでまた、二時間電車に乗って仕事に行くの? ハードじゃない?

 そんなことを考えているうちに筆記試験の結果がきて、凜は二次面接へ来るよう通達をもらった。ほっとするのと同時に、あの試験で落ちるひとっているのかな、などと考えたりもした。

 いや、いるんだ。きっとあの、選択した答えの如何によって、この答えは好ましくないからやめようとかうちにはふさわしくないからとか、そういう篩にもかけられたんだ、きっと。

 二次面接では、なにを聞かれるんだろう。もっと掘り下げた質問とかされるかな。

 念のために、もう一度大帝の社史を復習しておいた。

 そうして二週間後、凜は二次面接にやってきた。

 湿気の多い、暑い日であった。

 あんなにいたライバルの学生たちはぐっと数が減り、数えるほどになっていた。

 三人一組で面接会場に入ると、なかには一次面接の時とは違い、壮年の男性が二人、女性が一人座っていた。

「あなたは、大分わが社の歴史を勉強しているそうですね」

「どのような部分に魅力を感じて応募してくれたのかな」

 来た。それならちゃんと予習してある。

「はい。鉄鋼から医療機器まで、幅広く手を広げているのにも関わらず層の厚い人材を確保する懐の広いところに、特に魅力を感じております。経済学もそうですが、画一的なものの見方だけではどうしても偏りがでてしまうからです。御社の歴史は古いながらにもそれを感じさせる年功序列などがなく、また新しいことにも貪欲で、そういった面に惹かれました」

「もし入社したら、あなたがやってみたいことはなんですか」

 女性の面接官が眼鏡を引き上げながら尋ねた。

「はい、まずは選り好みをせずに、なんでもやりたいと思っていますが、敢えて挑戦するなら営業の方たちを支える営業事務に行きたいと思っております」

「ほう、営業事務ね。それはまた、どうして」

「事務というのは誰にでもできそうな仕事と捉えられがちですが、適性が要求される業務が多く、地道にこつこつとやるのに向いている私にはぴったりだと思うからです」

 凜に対する質問はそれまでで、その後は次の学生に質問が移った。凜はそっとため息をついて、背中に伝う汗を感じていた。

 どうだろう。いけたかな。

 結果が出るのは二週間後。その後は、三次面接だ。

 やる気も手応えもなかった別の会社の不採用通知が、続々と送られてくる。それらの用紙をごみ箱に捨てて、ため息をつく。私は間違ってない。私は大丈夫。私はやれる。

 そう自分に言い聞かせて、二週間をひたすらに耐え忍んだ。

 蝉がみんみんとうるさく鳴く日に、その通知は来た。凜は震える手で封を切って、中身を取り出した。

 『三次面接にお越しください』。

 やった――

 身体の力が抜けて、へなへなとそこに座り込んだ。

 今度は、重役たちと一人で面接だ。他に誰もいない、自分一人だ。ごまかしが利かない。

 真っ向勝負だ。

 でも負けない。必ず受かってみせる。

 そんな気持ちで、面接に臨んだ。

 ここまで来ると、面接の内容ももう、ネタがなくなってくる。そうすると、今度は試験者本人の人間性を見ようと色々なことを聞いてくる。

「あなたの人生で、大きな影響を受けた人物はいますか」

「その人物によって、あなたはどう変わりましたか」

「変わったことが、あなたの人間性に深く関わりを持ちましたか」

 などと、なかなか突っ込んだ質問をされて、涼しい日なのにも関わらず大汗をかきながら答えていった。

「大学で、誰か尊敬する人はいますか」

 という質問には、自信を持ってこう答えた。

「はい、一つ年上の、御社に就職した南という先輩がおります。明るくて人気者なのにいつも謙虚で、先輩の人間性にはいつも惹かれていました」

 南、ああ営業の、と重役たちが言い合った。

「なんでも話せる友人はいますか」

 咄嗟に、霧亥の顔が浮かんだ。

「はい、おります。口は悪いですが、私のことをいつも思って心配してくれる、やさしい友人です」

「どんなことを話すの」

「本当に、なんでも話します。恋愛のことでも授業のことでもサークルのことでも、なんでも。私たちの間に垣根はありません。秘密も、ありません」

「ふうん……得難い関係だねえ」

「はい、ありがたいと思っています」

 そうだ。霧亥にはいつも、感謝している。いつも一緒にいてくれて、色々言ってくれて。

 質問がそれで終わって、以上で大帝のすべての採用試験が終了となった。

 後は、三週間後の結果を待つのみだ。

 夏休みが明けた。

 卒論を書かなくてはならない。ゼミの教授と何度も会って、そのことについて話し合った。九月も半ばになると周囲の友人はそろそろ就職が決まったという者が出てきて、凜も焦りが見えてきた。

 もう、大帝に言われた三週間が経った。しかし先方からはうんでもなければすんとも言ってこない。おかしい。不採用の場合でも、ちゃんと連絡は来るはずなのに。

 十月になって、涼しい風が吹くようになってきた。暦の上では、もう秋だ。

「おい、返事、きたか」

「まだ」

 霧亥に言われても、そうこたえることしかできない自分がもどかしい。

「電話して聞いてみたらどうだ」

「そんなのできないよ」

「でも三週間以上経ってるんだろ」

「そんなん失礼だよ。連絡が遅いからこっちから電話しました、私は採用ですかどうですかなんて、聞けるわけないじゃん」

「じゃあどうすんだよ」

 そんなことを言われても、こっちが聞きたいものである。じりじりとして、いらいらし通しの毎日が続いた。

 それは、小教室で授業を受けていた時のことだった。鞄のなかで携帯が震えているのに気がついた凜は、画面の知らない番号を見て、講師に断りを入れて廊下に出た。

「もしもし、福原です」

『福原さんの携帯電話でよろしいですか』

「はいそうです」

『こちら、大帝興業人事部です』

 どきん。

 心臓が高鳴った。

『大変お待たせしてしまって申し訳ありませんでした。実は審査に時間がかかってしまい、お約束の日時までに結果が出せず、今日までご連絡ができませんでした。その結果』

 どき、どき、どき。

『福原さんは採用ということですので、もし当社にお勤めの意志がおありでしたら来週末までに当社の人事課までおいでください』

 やった。

 その後は、なんと言って返事をしたかまでは覚えていない。

 ただ、電話を切って教室に飛び込み、

「霧亥」

 と叫んで、霧亥に飛びついたのだけはよく覚えている。

「おいおい」

 担当講師が、眼鏡を引き上げて凛を見ている。霧亥は髪が乱れるのに困って、両手を上げた。

「受かったよ。大帝、採用されたよ」

 凜のはじけるような笑顔を、霧亥はただ、見つめていた。

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