第三章 3

相澤とは、週に一回のペースで会った。時に金曜日の夕方、時に土曜日の昼。

 彼は遅くても水曜日には連絡してきて、南に今週末の予定はどうかと聞いてくる。今のところ、それを断ったことはない。

 会うとなると、相澤は長い時間を南といるために割く。食事をして少し酒を飲み、デザートを食して、時にもう一件行って甘いものを口にして、それからホテルに行く。

「もう一回、いい?」

 遠慮がちにそう聞かれると、黙ってうなづいた。

「君といると、落ち着くなあ」

 ベッドの上で、相澤は言った。

「俺、こんなの初めて」

 あまりにも彼が嬉しそうに言うので、かっとなった。

 騙されるな。肉欲に、溺れるな。こいつもどうせ、渡辺みたいになる。心を預けたら最後、ごみみたいに扱われる。

「誤解しないで」

 南は起き上がった。

「割り切った関係だってこと、忘れないでよ」

 ぽかんとした相澤の顔に、ちくりと良心が痛んだ。

 そうして帰宅して、後悔する。怒らせてしまったかもしれない。もう彼は、連絡してこないかもしれない。

 しかし彼はまるでなにもなかったかのようにまた水曜日には連絡してきて、南に週末の予定を尋ねてくるのだ。

 なんで。なんでだよ。

 疑問に思って会いに行くと、彼はにこにことして待ち合わせ場所で待っていた。

 食事の席で、南は聞いた。

「怒ってないの」

「え、なにを」

「……」

 本当になんのことを言われているのかわからないといった表情に、毒気を抜かれるというよりほっとした。

「それより、就職活動、どう? どんなとこ考えてるの」

「あんまり大きなとこにはどうせ行けないだろうから、中小企業にしようかなって。手堅いし」

「君なら大手でもいけると思うけどなあ」

「ま、あんたには関係ないけどね」

 そう言うと、相澤は寂しそうに笑った。

 就職活動をしていると、心が死にそうになる。送った履歴書が、一枚のお断りの送付状と共に送り返される日々が続くと、気持ちがささくれていく。

 お前は要らない、お前は必要ないとはっきり面とむかって頭ごなしに言われて、段々心が死んでいく。

 面接をしても、思うように結果が出ないことが続いた。

 勉強やスポーツができるだけではかなわない、目に見えない壁のようなものが、確実に立ちはだかっているのである。

 相澤から連絡があっても、思うように会えない日が連続した。

 秋になって、やっと内定をもらえた。第一志望の、大手企業だった。

 自分でも驚くべきことに、最初に連絡をしたのは親でも仲代でもなく、相澤だった。

 彼は手放しで喜ぶメッセージと共に、お祝いに食事に行こう、と言った。

 相澤が予約した店は、いつものようなカジュアルな場所ではなく、いかにも値段の張るレストランだった。

「お祝いだからね。たまには」

 ワイングラスをかちん、と合わせて、相澤は言った。そして箱をテーブルの上に置くと、

「内定おめでとう。これ、俺から」

 南はその箱を手に取って、相澤を見た。

「これは?」

「お祝い。開けて」

 箱の中身は、万年筆だった。

「持っておくと、便利だよ。自分ではなかなか買おうと思わないものだからね」

「……ありがとう。こんなの、いいのに」

「たまにはおじさんにいいかっこさせてよ」

 彼は嬉しそうに笑った。

 その夜久しぶりに相澤に抱かれると、南はいかに自分が彼を欲していたかを実感した。

 拒否されづけてきた日々のなかで渇いた心に、相澤の肌は水滴のように沁み込んできた。

 春になって卒業すると、相澤は話があると言って南を呼び出した。

 なんだろう。胸がどきどきした。どのみち、いい話ではないだろう。

 食事の席で、南の方から切り出した。

「話って?」

 相澤はグラスの水で唇を湿らせると、彼の目を見て静かに言った。

「こうして会うのは、もうやめないか」

 やっぱり――。

 別れ話だ。

 気を許した途端に、捨てられる。わかっていたはずなのに。

「君もこうして卒業して、学生じゃなくなったわけだし」

「――え?」

 涙で潤んだ目で相澤を見上げると、彼は大真面目な顔をしていた。

「これからは、もっと自由に会えるだろ。だから次からは、俺の部屋に来ないか」

「――」

 意味がよく、わからない。

「あ、あなたとは、割り切った」

「だから、俺と真剣に付き合ってほしい。恋人として」

 やっと言えた。相澤はため息まじりでそう言葉を漏らした。

「どういうこと?」

「三十過ぎのおっさんが学生と付き合うわけにはいかないでしょ。だから、ずっと言うのを我慢してた」

 でも、彼は言った。

「君が社会人になったのなら、もう遠慮はしないよ。俺と付き合ってくれ」

 テーブルの上に乗せた手の上に手をそっと乗せられて、その手が温かくて、気がついたらうなづいていた。

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