きみになりたい


 カインはアベル王子にサーカスやお祭りの様子、町で流行っていることや人気の食べ物について語りました。

 王子が特にお気に召したのはふたりの瞳と同じエメラルドグリーンの色をした海のお話です。


「カインは海で泳いだことがある?」


「あるよ」


「いいな、ぼくも泳いでみたい」


「親父達に言って連れて行ってもらえよ」


 アベル王子はアダム国王とリリス王妃の姿を思い浮かべます。


「無理だよ。お父様はいつもお忙しくされているし、お母様はぼくのことを嫌いみたいだし……」


 幼い頃からまともに会話をしたこともない父と何故か自分のことを嫌っている母。そんなふたりにワガママなんてとても言えません。


「カインのご両親どんな人?」


 王子がお訊ねになると、カインは何かを考えるような素振りを見せてから言います。


「親父は生まれた時からいねぇ。だからお袋が精一杯おれを育ててくれた。おれはお袋にいつか恩返ししたい」


「そう、いいお母様なんだね」


 外の世界を自由に闊歩し、優しい母から愛されるカインのことを王子は羨ましく思います。


「ぼくはきみになりたい」


 思わずそう呟くと、カインは無表情で応えます。


「おれもずっとお前になりたいって思ってた」

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