第2話 気づかなかったこと
土曜の朝、目が覚めると、部屋は静かだった。
いつもなら、彼女が朝食を作る音で目が覚める。フライパンの音、包丁の音、そして「おはよう」という明るい声。
でも今日は、何もない。
時計を見ると、もう十時を過ぎている。こんな時間まで寝ていたのは久しぶりだった。
ベッドから起き上がって、キッチンに向かう。冷蔵庫を開けると、中身はほとんど空っぽだった。コンビニ弁当の容器と、賞味期限が切れたヨーグルト。それだけ。
彩乃がいた頃は、冷蔵庫には常に食材があった。彼女が買い物に行って、料理を作ってくれていた。俺はそれを当たり前だと思っていた。
コンビニでパンとコーヒーを買って、部屋に戻る。一人で食べる朝食は、味気ない。
テレビをつけても、何も頭に入ってこない。スマホを見ても、特に面白いものはない。
何をすればいいのか分からなくなっていた。
いつもなら、彩乃と一緒に過ごす週末。映画を見に行ったり、買い物をしたり。時には家でダラダラと過ごしたり。
そういう何気ない時間が、実はとても貴重だったんだと、今更ながら気づく。
午後、友人の大樹から電話があった。
「拓海、久しぶりに飲みに行かない? 今夜、暇?」
「ああ、暇だよ」
「マジで? お前、最近ずっと彩乃ちゃんと一緒じゃん」
「ちょっと、今は別々にいるんだ」
電話口で、大樹が息を呑む音がした。
「まさか、別れたの?」
「いや、別れたわけじゃない。ただ、距離を置いてる」
「そっか……まあ、じゃあ今夜、話聞くよ」
夜、居酒屋で大樹と向かい合った。
「で、何があったの?」彼はビールを一口飲んで聞いてきた。
「特に何も。ただ、最近うまくいってなくて」
「うまくいってないって?」
「会っても、会話がないんだ。お互い疲れてて。一緒にいる意味が分からなくなってきてた」
大樹は黙って聞いていた。
「彼女は、俺に何を求めてたんだろうな」俺は続けた。「俺、ちゃんと向き合ってなかった気がする」
「お前、仕事忙しかったもんな」
「それを言い訳にしてた。でも、本当は時間を作ろうと思えば作れたんだ。ただ、面倒だった。疲れてたから」
言葉にすると、自分の身勝手さが浮き彫りになる。
「今、後悔してる?」大樹が聞いた。
「分からない。ただ、彼女がいない生活が、こんなに寂しいとは思わなかった」
「まだ間に合うよ。ちゃんと話し合えば」
「どうだろうな……」
俺は自信がなかった。今から何を言っても、遅いんじゃないかと思っていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます