商店街の下

命野糸水

第1話

ある真夜中の日、一人の男は商店街を訪れていた。真夜中という時間帯だと普段多くの人で賑わっている商店街も静かだ。


商店街に出店している全ての店は営業時間を終え入口のシャッターを閉めていたり、ドアに鍵をかけている。当然だが、今からは買い物をすることが出来ない。


ただ、そんなことは男には全くといっていいほど関係なかった。なぜなら男が商店街を訪れた目的は買い物ではないからである。


真っ暗な空からは大粒の雨が降っていて、地面に水溜りを作っている。そう、男は雨宿りをするためにここを訪れたのだ。なぜ雨宿りをする羽目になったのか。それは今朝に遡る。


今朝、男は寝坊してしまった。しかし寝坊と言ってもいつもより十分ほど遅く起きた寝坊の中でも小寝坊と言っていい寝坊であった。


そのため男はいつもより少し慌てて準備をした。急いで準備をすれば十分など取り戻せると思ったからである。結果男は十分の遅れを取り戻し遅刻はしなかった。遅刻せずに出社することが出来た。


しかし男は寝坊のした関係でいつもは犯さないミスを犯してしまった。それは当日の天気予報を見ることである。


いつもなら男は朝テレビをつけ天気予報を見る。今日の最高気温や最低気温、天気と降水確率をチェックする。天気予報を確認する、これを朝の予定の一つに組み込んでいた。


今朝は十分の寝坊を取り戻すために、この予定というか習慣を省いた。そのため男は夜に雨が降ることを知らずに家を出てしまい、傘を持ってくることを忘れた。


今さらながらに思うのは、天気予報をテレビで見る時間がないのなら他の方法があったはずだということだ。例えば携帯で天気を確認すれば良かった。


携帯ならすぐに確認することが出来ただろう。スマホのロックを解除して天気予報アプリを開き確認する。


もしくはスマホに話しかけて天気を言ってもらえば良かったのだ。今日の天気を教えてと。そしたらAIアシスタントが答えてくれたはずだ。夜に雨が降る予報ですと。


スマホを使えば、リモコンを持って電源ボタンを押してテレビをつけ、天気予報を確認し、もう一度リモコンを持ち電源ボタンを押してテレビを消すという動作を省くことも出来た。


このテレビを付けて消すという一連の動作を無くすことは今考えれば別に時間省略に大きく関わっているとはいえない。


いつも通りテレビで天気予報を見れば良かった。見ていれば今男は静かなこの商店街になんていない。傘をさしてまっすぐ家に帰っていたはずだ。まだ家には着いていないが、駅から家まで向かって歩いているはずだ。


男は今日終電まで仕事をしていた。そして終電に乗り家の最寄駅で降りた。この商店街はその最寄駅のすぐ近くにある。


いつも見かける商店街、この商店街はアーケード商店街である。雨に濡れない。だから今男はこの商店街にいるのである。 


雨宿りすることは出来る。出来るのだが、当然のことながらこの商店街は男の家ではないので帰らなければまだならない。


駅まで戻ってタクシーに乗って帰る。これをすれば濡れずに早く帰ることが出来るだろう。でもお金は割とかかる。男は金がないのでこの方法は使えない。


駅前にあるコンビニに寄って傘やレインコートを買えばいい。タクシーよりは金がかからないし、多少は濡れるかもしれないが、何もしないよりもいい。


でもこの方法も出来ないことを男は知っていた。駅前のコンビニにはレインコートは売っていない。ビニール傘は売っていたが、売り切れであった。


「さて、どうするか」 


男はボソッと独り言を言った。先ほど携帯でこの先の天気を確認した。すぐに止むのであればこの商店街にいても問題ないが、そうはいかないらしい。予報では雨はしばらくやまないことになっているからだ。


でもこのアーケードつきの商店街で立ち止まっていても何も変わらない。男はとりあえずアーケード下を歩くことにした。少し進んだところで男はわき道に入った。


このわき道にはアーケードほど立派ではないが、雨を凌ぐことが出来る屋根がついている。


わき道に入らずにまっすぐ進んでもよかったのだが、そうするとシャッターが閉まった店を永遠に見ることになるし、いずれ商店街の端にたどり着いてしまう。


それに、たまにだが、このわき道には雨の日にビニール傘が捨ててある。多少の穴が空いてしまったものや、壊れてしまったビニール傘が。中にはなぜ捨てたのか分からない傘もあったりする。


今日も傘が捨ててあるかもしれない。そう思い男はわき道に進んだのだが、残念ながら傘はなかった。そこには別のものがあった。あったというよりは居たと言った方が正しい。


そこには一人の老人が座っていた。頭にはニットの帽子を被っていて、その下には白髪が目立っていた。白髭も多く蓄えていて、洋服もズボンもボロボロだった。


靴下は履いておらず、雨の中サンダルを履いていた。このような姿から男はこの老人は家無しの人だなと思った。


まだ本人には直接確認していないため本当に家なしの人かは分からないが、概ねそうだろう。


「おじいさんも雨宿りかい」  


男はその老人に尋ねた。見て見ぬふりをしても良かったかもしれないが男は話しかけていた。


「あんた、今おじいさんも雨宿りかと聞いたか。あんたは雨宿りのためにここに来たのかもしれないが、わしは違う。わしは雨宿りをするためにここにいるのではない。ここがわしの家だ」 


やはりこの老人は予想通り家なしの人であった。わき道に家はない。


「あんた、こんなところで雨宿りなどしていたら時間の無駄だ。携帯持っているのだろう。それでタクシーでも呼んでさったと帰りな。まぁ携帯を使わなくても駅前に行けばタクシーは拾えると思うがね」  


俺だって老人の言うとおりにしたい。タクシーを拾ってさっさと家に帰りたい。しかし俺は金がないためそれが出来ない。出来ないから雨宿りをしているのだ。


「おじいさんの言う通り俺だって帰れるもんならタクシーを拾って家に帰りたいよ。でもね、タクシーに乗る金がないんだよ。金さえあれば今頃家だったはずだ。ここにもいなかっただろうし、おじいさんにも会わなかっただろうね」


「今は持ってなくても家にあるだろ。乗る時にタクシーの運転手に言えばいいんだよ。今は持ってないんですが家にあるので到着したら少し待ってて下さいなって。家に一度戻ってお金を持ってきて払いますからって」


「おじいさん、そんなこと言ったってタクシーの運転手は信じないよ。こいつ、無線乗車する気だなって思うよ。それに本当に金がないんだ。金もないし携帯の充電をない。だから駅にタクシーが止まってなかった場合に他のタクシーを呼ぶことも出来ないんだよね」


そうなのだ。先ほど天気を確認したタイミングでちょうどスマホの充電が無くなってしまったのだ。今俺は金も充電も傘もない男というわけだ。


「ならしょうがないな。ここで雨宿りをしなければねらんな」 


「そう。しょうがないんだよ。しょうがなくここで雨宿りをしなければならないんだよ。それよりおじいさんはここが家って言ったよね。おじいさんは家がないってことだよね。家なし、ホームレスってことだよね」


俺は老人にホームレスであることを直接尋ねた。普通の人間なら直接的にホームレスですかと確認しないだろう。


失礼に当たるし、怒られるだろう。そもそもそういう人に話しかける人が少ない。でも男は直接聞いてしまった。どうでもよくなったのだ。


「あんた、失礼な奴だな。直接的にいう奴がどこにいるんだか。まぁそうだ。わしはホームレスだ」


やはりこの老人はホームレスであった。直接聞いたことで今までホームレスであろうという仮定の状態がホームレスだという事実に変わった。


でも事実になったことで何になるというのだ。いいことでもないし悪いことでもない。知らなくてもいい情報が一つ手に入っただけである。


「わしはあんたと一緒で金がない。いや、一緒ではないな。あんたよりも金がない。あんたと違って家もない。金も家もなくて今このような有様だ。当然この先の希望もない。


まぁこの年で希望なんてものはあるようでないものだがな。わしはつい最近まで近くの空き家で寝泊まりしていたんじゃ」


近くに空き家なんてあったかな。男は思った。おじいさんが言うのだから多分あるのだろう。


今日本は空き家問題に悩まされていると言っても過言ではない。日本は今少子高齢化で高齢者が増えている。人口は減っているが相続の難しさなども相まって空き家が増えている。


俺が空き家だと思っていないところももしかしから空き家だったってこともあるかも知らない。


「その空き家はな、わしのものでもないし、わしの親族のものでもないし、知り合いのものでもない。赤の他人のものじゃ。


その赤の他人の空き家にわしは勝手に侵入して自分の家のように寝泊まりしとったんじゃ。そしたらな誰かが役所にチクったらしい。空き家に寝泊まりしているホームレスがいるとな」


別にチクらなくていいのにな。その空き家がチクったやつのものか関係者のものであったら正しい選択だが、話を聞く限りではそういうわけではないのだろう。


チクったところでいいことなどない。話をややしくするだけだ。


「役所の者がきてな、そいつに追い出されてしまったんじゃ。で住むところが無くなったためここに住むことにして今に至る。


住むところも無ければ食い物もねえ。あんた、どこか食い物がタダで手に入るところはないかね。あるなら教えて欲しいものだ」


タダで飯が食べられる場所、そんなところは炊き出し以外知らない。知ってたとしたら俺も利用したいものだ。


「おじいさん、残念ながら俺も知らない。炊き出しが行われていれば良かったのにな。この辺では行われないから案内もできない。


なぁおじいさんよ。金がないのなら今着ているその服を売ればいいじゃんないか。服でもいいし頭に被っているニットでもいいし、そのサンダルでもいいし。大金にはならないと思うが、小銭にはなるんじゃないか」


小銭にはなる。寒くなるとは思うが、食べられるくらいのお金はもらえるだろう。ニットやサンダルは大した金にならないかもしれないが、着ている服はボロボロであっても少し高価な服に見えた。


「なにをバカなことを言う。そんなことをしたら凍え死ぬわい。わしはまだ死にたくはないんじゃ。それにこの服は大切なもの。売ることは出来ない。


ニットもサンダルもズボンもじゃ。今わしが身につけているものはどれも大切なもの。売ることなんてできんわい」


大切なものか、それは確かに売ることはできない。もちろん捨てることも出来ない。


「ならおじいさんよ。他に売るものはないのか。あればそれを売ればいいんじゃないか」


「あんたには金を稼ぐことについて売るほかに考えがないのかね。そうだな、他には」


老人は体の隅々を触りだした。服のポケット、ズボンのポケット。どこにも何も入っていない。


「あぁ、これがあったんじゃった。忘れてたわい。あんたそこに止まっていな。動くなよ。危ないからな」


「危ない?一体何を」


男が続きを言おうとしていたその時、老人が懐から何かを取り出した。何を取り出したのか、突然の出来事だったため男はその正体を把握できなかった。老人は懐から出したものを男の心臓部分に刺した。


俺は痛いと叫びたかったが、声が出なかった。本当に驚いた時に声が出なくなる。あれと似た感覚だ。声が出ない。


俺は刺された部分を見た。そこで俺は老人が懐から出したものがナイフだったこと、危ないと言っていた意味が何なのかが分かった。


老人は男の心臓部分を刺した後にすぐナイフを抜いた。男の心臓近くからは血液がダラダラと流れ出した。


「クソ、心臓は少し外してしまったか。でもよい。あんたは血が足らなくなってすぐ死ぬ。先ほど携帯の充電がないことも知っている。携帯で助けも呼べんだろう。


それにこの雨の中じゃ、こんなわき道にある場所だ。人が通りかかるところではないから助けも来ないだろう。


最後に偶然ここに来てくれたあんたに感謝を言わなければならないな。ありがとう、あんたのおかげでわしは無所でタダ飯が食べられる。住まいも手に入る。ありがとう。希望をありがとう」


老人はそういうとナイフを手にしたまま走り出しどこかに行ってしまった。


こんなことになるなら財布の紐を緩めて駅でタクシーを拾えばよかった。天気予報を確認すれば良かった。寝坊をしなければよかった。


男は雨に濡れながら血を大量に流しその場で息を引き取った。その後老人が交番に駆け込んだことによって男は警察官に発見された。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

商店街の下 命野糸水 @meiyashisui

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ