第3話 お母さん、僕だよ!
気が付くと、僕は人通りが多い通りでぼんやりと立ち尽くしていた。
しまった!周囲の通行人が変な目でこちらを見ている。いったいどのくらいの間、ここで呆然としていたのだろう?考えるだけで顔が熱くなる。僕はほとんど逃げるようにその場を離れた。
一路家まで走って帰った。変だ、なんだかどこかおかしい。街角のあのいつも閑散としていた男性服店が、今は賑わう女性下着店に変わっている。電車の中吊り広告の男性アイドルの瞳も、なんだかひときわ従順そうな感じが……。気のせいだろうか?
『ただいま』
僕は玄関で膝に手を付けて息を切らした。何とか無事に家まで帰り着けたのは良かったが、そろそろちゃんと運動する時間を作った方がいいかもしれない。
「あれ?えっと、あなたは……?」
母がリビングから顔を出し、まったく見知らぬ人に対するような表情を浮かべている。
『お母さん、何言ってるの?僕だよ。ちょっと疲れたから、先に二階に上がるね。夕飯の時に呼んで』
「あれ、えっと……」
なんだろう、お母さんもなんだか普段と様子が違う。でも今はとにかく部屋に戻ってしっかり寝たい。
あれ、おかしい。ここはどこ?
間違いない、ここは確かに僕の部屋だ。部屋の中の様々な物の配置がそれを証明している。
しかし、元々青かったカーテンはピンク色に変わり、前に本棚に置いてあったおもちゃは様々なぬいぐるみに変わっている。それだけでなく、空気中にはほのかな甘い香りが漂っている。
「お母さん、私の部屋に入る時はノックするって言ったでしょ?」
僕が驚いていると、全身裸の女の子が布団をはいでこっちを見た。
「『うわっ!』」
…………
「お母さん」
「もう真由、前から言ってるでしょ、いつも裸でいるのはやめなさいって。ほら、男の子に見られて迷惑がかかるでしょ」
母はこめかみを揉みながら、呆れたように言う。まあ、理解できる。家の他人の部屋で裸になるのは、どう考えても良くないから。ちょっと待て、これは決して自分の罪を逃れようとしているわけじゃないよ。ただ事実を述べているだけだ。
「男の子が私の部屋に突然入ってくるなんて思いもしなかったんだから」
「えっと、あなたは……?」
『は?』
おかしいな、なぜ僕の母親が僕のことを「誰」と聞くんだ?普通ならまずあの女の子が誰なのかを紹介するべきじゃないのか?
『お母さん、何言ってるの?僕はあなたの息子の優真だよ、望月優真』
「真由、私の記憶が正しければ、子供はあなた一人だけだったよね?」
「もちろんです、どう考えてもそうですよ」
「じゃあ、この男の子はどういうこと?」
「知りませんよ、彼が突然私の部屋にやって来て、服を着替える暇もなかったんです」
「真由、あなた、外で何か間違いを犯したりしてないわよね?」
「お母さん、自分の娘すら信じられないの?むしろ、彼がお母さんが外で作った子供なんじゃないかと疑ってるくらいです」
「でたらめを言わないで、お母さんがパパを裏切るようなことするわけないでしょ?」
おかしい。普通、母親が自分の息子をこんな風に放っておくものなのか?それにどう見ても、彼女たちの方が僕よりも家族のように見える。これはいったいどうしたことだ?もしかして、おかしいのは僕なのか?
「えっと、優真さんですよね?」
『はい』
「焦らないで。ええと、あなたはちょっと混乱しているかもしれないけど、大丈夫、ゆっくりでいいから。あなたのお母さんの名前を教えてくれますか?」
まさか、お母さんはどう見ても冗談を言っているようには見えない。彼女は本気なのか?いやいや、冗談に決まってる!
『お母さん、僕のお母さんはあなたです。僕のお母さんの名前は望月朔です』
「彼がそう言ってますよ、お母さん。本当に外で……」
「絶対にない!ええと、優真さん、あなた本当にそうなんですか?ただの名前が同じだけなんじゃ?私は本当にあなたのお母さんじゃないんです!」
その後、僕とお母さん(仮)と真由さんは様々な質問で確認し合った。もちろん僕は全部答えたが、返ってきたのは母親のさらに困惑した表情だけだった。その後、お母さんは「少し冷静になりましょう」という理由で、僕と真由をリビングに残した。
「えっと」
『本当にすみません!わざとじゃなかったんです!』
真由さんが言い終わるのを待たず、僕はすぐにお辞儀して謝罪した。どうであれ、僕は彼女の部屋(まだここが自分の部屋だと思っているけど)に入り、彼女の裸を見てしまった。もし彼女が警察に通報することを選んだら、僕は間違いなく逮捕されるだろう。
「ええと、優真さん、頭を上げてください。大丈夫です。確かにちょっと恥ずかしいけど、私はあまり気にしていません。それに、私みたいな女の子の裸を見られただけですから、そこまで気にしなくていいんですよ」
『よかった、刑務所に送られるところだった』
「もう、優真さん何言ってるんですか。女の子が男の子に裸を見られたからって、彼を刑務所に送り込むなんてことあるわけないでしょう?」
『いやいや、真由さんこそ、これは非常に深刻なことです』
「ぷっ」
『え?』
変だ、さっき何か変なこと言ったっけ?
「ええと、さっきまで優真さんがとても緊張しているように見えたのが、ようやくリラックスできたみたいで。だから、嬉しくて」
確かに、お母さんが突然僕のことを覚えていないと言い出し、それに見知らぬ女の子と一緒にいさせられている。こんな状況では確かにとても緊張していた。
「ごめんなさい、優真さんきっととても怖かったでしょう?」
『怖い?』
「だって、優真さんの話では、みんながあなたのことを忘れてしまったんですよね。だから優真さんは今、とても怖いんじゃないかと思って」
怖い?そうだよ、みんな僕のことを忘れてしまった。母親はもう僕のことを忘れて、自分の実の息子である僕を忘れてしまった。なぜだ?明明僕が彼女の子供なのに。それに僕の部屋も、なぜ僕が存在した痕跡がすべて消えているんだ?なぜだ?僕は世界に見捨てられたのか?
「ああ、優真さん、泣かないで。ごめんなさい、私、あなたを悲しませるようなことを言っちゃった?大丈夫、大丈夫よ」
しかし、彼女の慰めはますます僕の感情を抑えきれなくさせた。なぜだ?明明僕が彼女の子供なのに……。
『いいえ、大丈夫です。真由さんのせいじゃありません』
恥ずかしい、見知らぬ女の子の前でこんなに泣いてしまうなんて。でも、彼女の抱擁があまりにも温かくて、僕はまったく泣き止むことができなかった。それに、僕はさっきまで真由さんを恨んでいた、彼女が僕の居場所を奪ったのだと思い込んでいた。明明彼女は何も悪くないのに。
「優真さん?」
『え?』
「えっと、ちょっと密着しすぎじゃないですか」
『す、すみません、つい我慢できなくて、本当に申し訳ありません』
「大丈夫です、私はまったく気にしていません。むしろ……楽しんでいます」
『え?』
「なんでもありません。とにかく、私は優真さんがこうするのをとても歓迎します。大丈夫ですよ、優真さん、もっと甘えていいんです。あなたはよく頑張りましたから」
真由さんが少し変な感じがするけど、こんな時はまず感謝すべきだろう。
「ちょっと変に聞こえるかもしれませんが、私は優真さんのことを信じたいと思います」
『信じる?』
「すみません、優真さんのお話はあまりにも非現実的ですから。でも、多分、優真さんの気持ちは想像できる気がします。優真さんはきっと辛いでしょうね。誰も自分を覚えていないなんて、他の人ならもうとっくに崩壊しているでしょう!それなのに優真さんはまだ耐えている。だから、優真さんは本当に頑張っているんだなって思います」
『真由!』
「でも大丈夫です。私は優真さんの味方です。あ、お母さんもきっとあなたを信じますよ。彼女はただ理解するのに時間がかかっているだけです。大丈夫、優真さん、しっかりと私たちに甘えてください!あなたはよく頑張りました。私たちはみんなあなたの味方です」
『な、なんだよ、これじゃあ女の子みたいじゃないか、恥ずかしい』
気が付くと、僕は再び真由さんに抱きついて泣いていた。
「どうして、優真さん。男の子が甘えるのは普通ですよ。ましてやあなたみたいに可愛い男の子なら、恥ずかしいなんて思わないでください。大丈夫、私がしっかり慰めてあげますから」
可愛い?そんな、とても恥ずかしい行為なのに、なぜ、なぜ僕はやめられないんだ?僕は男なのに!
真由さんは僕の考えを見透かしたかのように、逆に僕を抱きしめ返した。そうして、僕は彼女の胸の中に押し込められた。
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