第13話 罠への布石、愛の試練と、最終指令




国際シンクタンクが日本政府に提供している、都内の一室。





白石葵しらいしあおいは、テーブルに置かれた**極秘の通信端末**を見つめていた。その端末は、**まるで過去の罪が、今も室内に居座っているかのような、重い圧力を放っていた。**





(もう、終わりにしたい。この裏切りと、罪悪感の日々を…)





彼女の顔には、冷徹なキャリアウーマンの仮面の下に隠された、深い疲弊が滲んでいた。





**ピッ**。端末が、無機質な音を立てて起動した。





白石しらいし、最終指令だ。黒木圭介くろきけいすけ総理特別補佐官への**「ハニートラップ」**を、今夜、決行せよ』





通信の向こうからは、**感情の抑揚を一切排した、冷徹な合成音声**が響く。**それは、人間の指令ではなく、「調和の論理」というシステムそのものの命令だった。**





(今夜…。彼が誘ってくれた「満月まんげつの夜」に、このわなを仕掛けろというのか)





彼女の脳裏に、圭介けいすけの愛の笑みと、彼の左腕の赤い紋様(代償)が、交互にフラッシュバックする。(この愛を、裏切る権利は私にはない…!)





「……嫌だ」





その声は、震えていたが、強い拒絶の意志を宿していた。





『何だと?これは、「調和の論理」が導いた、貴様きさまの「最も安定した役割」だ。裏切るな』





「私は、もう誰にも、このあいを裏切らせない」





あおいは、覚悟を決めた。彼女は、観星会かんせいかいの通信を、自らの指で、冷徹に、そして完全に切断した。





**その瞬間、室内の照明が、一瞬チカッと明滅した。調和の論理という「システム」が、予想外の「バグ」に直面した、微かな反動だった。**





**その一秒が、彼女の人生の、そして日本の未来の「一周目の運命」を、不可逆的に断ち切った瞬間だった。**





(ごめんなさい、圭介けいすけ。私があなたにできる最後のことは、この罠を仕掛けないこと。そして…私が持っている「観星会かんせいかいの裏情報」を、あなたに託すこと)





彼女の脳裏に、圭介けいすけが「愛の布石」として語った「国会議事堂が見えるあのカフェ」の光景がフラッシュバックした。**あの場所は、裏切りと憎悪に満ちたこの世界で、彼が私に差し伸べてくれた、唯一の「命綱」だった。**





彼女は、端末のメモリを抜き取り、それを厳重に梱包した。その中には、彼女がハニートラップで得ようとした情報ではなく、**観星会かんせいかいの「家族への脅迫の証拠」と「日本国内の協力者の全リスト」が保存されていた。**





(彼は、私が裏切ることを知っていて、あのカフェを提案したのだろうか。もしそうなら、彼は私の罪を、すべて許してくれている…)





彼女は、身を隠すための準備を始めた。

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