第4話 若きジャーナリストの眼差しと、目覚める戦闘本能

官邸から一歩離れた、都内の裏路地。



黒木圭介くろきけいすけは、その路地裏に身を潜めていた。彼はスーツ姿ではない。体にフィットしたトレーナーとパンツ姿だ。



(全盛期の三分の一、か)



左腕の赤い紋様(時間の焼印)に触れる。チートは知略を与えても、この肉体の衰えは覆せない。



**チッ**。舌打ちをする。



彼は、未来の記憶から導き出した「超効率的なトレーニングメニュー」を、ストイックにこなしていた。



地面に倒れた瞬間、彼の脳裏に、あおいが銃弾に倒れる映像が一瞬グリッチする。(多重記憶のオーバーラップ)



(まだ足りない。この肉体が、あの時の絶望を繰り返すことを許さない)



その時、路地裏に、不釣り合いな明るい声が響いた。



「あの、黒木くろき補佐官、ですよね?」



圭介けいすけは素早く立ち上がった。振り返ると、そこには大手新聞社の腕章を巻いた若き記者、新城芽衣しんじょうめいが立っていた。



(想定外だ。このタイミングで、なぜこの場所に?)



「…どちら様ですか」



芽衣めいは、彼の鍛え上げられた肉体と、汗に濡れた前髪を、一瞬ドキリとした様子で見つめた。彼女の目は、純粋な好奇心に燃えている。



新城芽衣しんじょうめいと申します!永田町担当の新米記者です。あの、総理のV字回復…裏に、黒木くろきさんの助言があったと聞いて、**どうしても、一目お会いしたくて**」



「何の事でしょう。総理の采配です」



「ですが!私は、故郷の沖縄の離島の出身です。あのV字回復は、政治家のご都合主義とは違う、何か強い信念を感じたんです。あの裏予算を国民に還元するなんて、普通じゃできません!」



圭介けいすけは、彼女の純粋な瞳を見て、一瞬言葉を失った。彼は、チートによる「未来の知識」を信じている。だが、彼女の「何の裏付けもない、ただの熱意」は、彼の計算できない領域だ。



(バカ正直な熱意だ。…だが、こういう光景こそ、僕が命を懸けて守りたかった、あの日の未来なのだろう)



「もし、総理の特別補佐官として、**この国の未来を本当に憂う**のでしたら、一つ、教えていただけませんか?」



芽衣めいは、故郷の漁村の衰退と、増え続ける領海侵犯への不安を込めて、真っ直ぐに訴えかけた。



(この娘の純粋すぎる動機は、僕のトラウマを浄化するようだ)



圭介けいすけは、冷徹な参謀の顔に戻り、微かに口角を上げた。



「ジャーナリストなら、自分で裏を取るのが仕事でしょう。…ヒントだけ差し上げます。**『尖閣諸島付近の、不自然な漁業記録』**。それが、君の故郷に何をもたらしているか、調べてみるのも面白い」



(利用させてもらうぞ、新城芽衣しんじょうめい。君の純粋な**「正義のペン」**は、僕には使えない。だが、僕の**「冷たい知識」**を、この国の世論へと繋ぐ、最適な**「導火線」**になる)



芽衣めいの顔が、驚愕に染まった。彼女の父、新城剛しんじょうごうの事故死に関わる、核心的な情報だった。



「あ、あの…どうしてそれを!」



「さあ。それは君の仕事だ。それに…」



圭介けいすけは、路地裏の奥へと歩き出す。彼は一瞬振り返り、彼女に冷たい忠告を与えた。



**「新米記者。君の正義感は美しい。だが、その熱意は、命取りになりかねない。…この世界には、君の知らない『闇のルール』が存在する」**



その言葉を放った直後、彼の左腕の紋様が、微かに熱を帯びた。


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