第10話 直視できない
暗い部屋で独り、私は壁に向かう。
ぐわぐわと揺れる壁を幻視していると、どうにもここが現実じゃない気がしてくる。
けれどここはどう抗おうとしても現実で、私が独りで生きているという現実でしかない。
眠たいような、眠れないような。
そして吐きそうな面持ちの中で、身体を横にして壁を見つめる。
光がひとつもない闇の中で、瞬きをする。
ぱちくりと目を閉じて開けているのに、視界は何も変わらない。
同じ暗闇のまま。
私は目を開けていないのかもしれない。
ずっと目を閉じたままで。
何も見たくないと拒否し続けているのかもしれない。
そんなのだから、現実がわからなくなって、ありもしない幻想に期待していたのかもしれない。
期待って……一体、何をララに期待していたのかな。
私だけこんな風じゃないって。仲間がいるって期待するなんて。
あまりにも人でなしすぎる。
私の仲間になんか、誰もなりたくない。
そんな人、いないほうが良い。
そんな現実すらわかっていなかったなんて。
本当に滑稽すぎる。
笑ってしまいそうで、吐き気がする。
一度、諸々の事実に気づいてしまえば、それはもう思考の絡みついて離れなくなる。なんだか全てのやる気が出なくなる。
こういうと元々やる気があったような言い草だけれど、そんなことはない。ただ再確認ができただけ。
私が孤独感と離れることはないと。
それだけが理解できただけ。
理解しているのか不安だけれど。
本当にちゃんと理解しているのかな。
現実も見れていないのに。
私は多分、ずっとこのねじれた夢の中にいる。
この夢中のせいで、何もわからなくなっている。
寂しさを消すことに夢中になって。
私は現実を見ていなかった。
現実はこんなにも当たり前のことしか言っていないのに。
結局、私には何もなかったというか。
人と関わる資格なんてなかったということなのかもしれない。
元より私は望みすぎなんだ。
私が寂しいという感情を捨て去るなんてことはできない。
友人ができたのだから、それでいいということにしておけばいいのに。友人では、あるはずだから、それでいいのに。
寂しさを打ち消したいなんて……そんな無理難題を求めるからこういうことになる。
大体、私にこれ以上の生活を望む資格なんかない。
奨学金のことを考えれば給料に余裕があるとは言えないけれど、お金はあるし、衣食住もある。これ以上のことなんか。
私の心が救われることなんか、望むべきじゃない。
それはあまりにも分不相応なことだから。
救われる?
私は、救われたかったの?
この私が。
どうして。
別に酷い目にあってるわけじゃない。
命を狙われているわけでもなければ、何も困ってることは無い。
それなのに救われるなんて。
そんなの求めすぎと言われても仕方がない。
「求めすぎ……」
求めすぎなのかな。
私にも誰かが……私の心を大切に想って、助けてくれる誰かが現れることを望むのは求めすぎなのかな。
誰にだってそういう人はいるのに。
同僚の魔法師にも、家族や恋人や友達がいて。
ララにも、大切な人がいて。
互いに想い合っていて。
私には誰もいない。
正確にはララは友人なのだろうけれど。
それもただの友人。ララにとっては、数ある友達の1人でしかない。
誰も私を見てはいない。
……私は、誰かに見て欲しいのかな。
違う。
私は、誰かに気にかけて欲しい。
もしも世界で誰か独りしか救えないとなったら、私を選んでくれる人が現れて欲しい。
「ぁあー……」
自分勝手すぎる。
そんなの通るわけがない。
何もしていない私を、
そんな風に想ってくれる人はいない。
恋人が欲しいのかな。
それもとても強く私を想ってくれる恋人が。
いや、別に友人でもいいけれど。
でも、私が思い描くひとは恋人かもしれない。
……そんなの無理に決まっているのに。
期待するだけ無駄なのに。
きっと私のことを好きだと言う人が現れても、その誰かのことを信じることは無い気がする。だっておかしいから。
私を好きになるはずがないのだから。
こんな私に好きになる要素がどこにあるというのか。
友人の不幸を願ってしまうような私が。
まぁ、そういう人が現れても困るだけなのかもしれない。
ならこの状況は幸運なのかもしれない。
いや、幸運なのだろう。
私のこの状況がどれほど幸運なのかということを、私はもう少し理解したほうが良い。
こうして曲がりなりにも魔法師としての仕事があるということがどれだけ幸運なのか。あまり理解していないようだけれど、こうして教会の魔法師にすら成れない人だってたくさんいるのだから。
だから、これでいいんだ。
最悪の事態は回避したんだから。
この状況を維持すればいい。
これ以上何かをしようとしなくてもいい。
……でも、ララとは会いたくない。
また会ってしまえば、彼女はいつも通りに話しかけてくれる。
そしたらまた勘違いしてしまうかもしれない。
そんなのは困る。
もうこんなに心を振り回されることはないほうがいい。
私には完全な幸福というものは手に入らないのだから、代わりに強い悲しみを回避させて欲しい。
ただ満たされなくても、なるべく穏やかな精神のままに生きることが私に残された唯一の道なのだから。
だから、それからしばらくの間ララとは会わないようにした。
元より連絡先など交換していないのが良かったのかもしれない。簡単にそれは達成できた。
多分、ララももう教会にはほとんど来ないと思うけれど、私は昼間に教会にいないようにした。
教会の魔法師の仕事は、教会の手伝いもあるけれど、大まかな仕事としては担当地域の人類領域の守護ということになる。
旧文明の遺産である魔物や魔導兵器の脅威から、現在の人類領域を守る。ただそれだけをすればいい。
それ自体は比較的危険で、教会によっては死の覚悟をしないといけないような場所もあるとかないとかと聞く。
けれど、危険な未開拓領域付近の町ならともかく、この辺りはそこまでじゃない。一応、近くに未開拓領域はあるけれど、そんなに危ない地域じゃない。魔物が出てきても、私でもなんとかなるぐらい。
回復魔法も強力になったし、そこまで恐れるほどの場所じゃない。
それに、教会の中で広域探知魔法を見ておけば、不意な接敵などはない。
魔法が使えるのなら、こんなに楽な仕事も少ない気がする。少し面倒ではあるけれど。
そんな仕事だから、大抵の昼間は教会の中にいることがほとんどだったけれど、気づいてしまった日から、私はあえて外を歩いていた。巡回警戒をしていると言い訳をして。
それでララが来るのを躱していた。
躱すというか、来てもわからないようにしていた。
多分来ていたないと思ったいたし、それを確認するのも怖かったから。
……そんなふうにずっと逃げ続けた。
ララからずっと。いや、それだけじゃない。
他の全部から、何もかもから逃げるように。
何も考えないように、私は毎日、雪の中を歩き続ける。
そして日が暮れれば戻る。そんな生活を続けた。
すぐ消える足跡を残しながら。
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