第15話 砂上の激戦 ― 決戦前夜 ―
砂塵に包まれた闘技場――熱狂と歓声の波が、ついに終息のときを迎えようとしていた。ラーミア王国闘技祭、予選トーナメント最終日。太陽はすでに傾き、砂の上に長い影を落としている。その中で、観客たちはまだ興奮の余韻を引きずっていた。
ハントの戦いは、重かった。相手は王国騎士団の戦士――カーン。大地を割るような重戦士。方手斧を振るうたびに地面が鳴動する。
「ぐっ……!」
盾で受けるたび、骨が軋む。ハントは歯を食いしばり、姿勢を保つ。相手の力は桁違いだった。
「守るだけでは勝てぬぞ、若き盾使いよ!」
カーンの斧が閃いた。光の残像とともに、ハントの盾が砕け散る。そして砂煙が舞い、観客席から歓声が上がる。
『勝者、王国騎士カーン!』
その声を遠くに聞きながら、ハントは地面に片膝をついた。額に落ちた汗を拭いながら、小さく笑う。
「……あいつ、強ぇな」
ケインたちが駆け寄ると、彼は軽く手を上げて言った。
「悪い、次は任せた」
一方、ミーシャの戦いも壮絶だった。対戦相手は炎を操る格闘家、アッシュ。炎と炎――互いの熱がぶつかり合う。しかし、アッシュはまるで火そのものだった。拳が閃くたび、空気が焦げた。
「”ファイア・バースト”!」
ミーシャが全力の爆炎を放つ。しかし、アッシュはそれを逆に利用した。炎の中を駆け抜け、拳に紅蓮を纏う。
「――”フレイム・ナックル”ッ!」
直撃。爆風。砂塵が晴れた時、立っていたのはアッシュ一人だった。
『勝者、アッシュ・フレイム!』
観客の歓声の中、ミーシャは倒れたまま笑っていた。
「……あはは、燃え尽きたぁ」
ケインが肩を貸すと、彼女は小さく手を振った。
「でも、楽しかった。負けたのに、悔しくないんだ」
「お前らしいよ」
ケインは微笑んだ。
こうして、激戦の末――
残ったのは三人。ケイン、アイカ、アリーシャ。
彼らはそれぞれ見事な戦いを見せ、堂々の本選出場を果たした。
日が沈み、夜の街が灯りに染まる。闘技祭を終えた冒険者たちは、歓声とともに各宿へと戻っていった。ケインたちも宿の食堂に集まっていた。テーブルの上には香ばしい焼き羊とスパイスワイン。明日の本選を前に、全員が思い思いに語り合っていた。
「ハント、盾が壊れた時は焦ったわよ」
アリーシャが心配そうに言う。
「いや、まだ腕は動く。次までに修理しておくさ」
「まったく、あんたってば無茶ばっかり」
ミーシャが頬をふくらませながら言う。
「でも、かっこよかったよ!」
「……ありがとうよ」
ハントは不器用に笑い、カップを持ち上げた。
「お前らの分まで、俺は応援に回る。勝ってこいよ、三人とも」
ケインは静かに頷く。
「もちろんだ。お前たちの想いは、俺たちが剣に乗せる」
「フン、言うわね」
アイカがグラスを掲げる。
「なら、勝利の乾杯を先にしておこうか」
「それ、いいね!」
ミーシャが笑いながらワインを注ぐ。エリスは隣で手を合わせ、祈るように微笑んでいた。
「みんなが無事で、明日も笑顔でいられますように……」
その声に、アリーシャが優しく答える。
「……ありがとう、エリス。きっと大丈夫よ。私たちは仲間だから」
グラスが触れ合う。からん、と軽い音がして、笑いが溢れた。
夜風が静かに流れる。食堂を出ると、砂漠の夜空には無数の星が散りばめられていた。ケインはひとり、街を見下ろす高台に立つ。刀を手に取り、鞘口を少し開く。紫電が淡く走る。
「……まだだ。あの技は、まだ使えない」
遠く、闘技場の塔が月光に照らされていた。あの場所で、明日はまた誰かの夢が散り、誰かの誇りが輝くだろう。背後から足音が近づく。
「こんなところで何してるの?」
アイカだった。月明かりに照らされたその横顔は、どこか寂しげだった。
「明日の試合、相手は誰?」
「ワグナー。王国戦士長だ」
「……最悪ね」
「だろうな」
二人は笑い合った。
「でも、きっと勝てる。あなたなら」
アイカの言葉に、ケインはわずかに目を細める。
「お前もだ。お前の剣舞は、誰よりも綺麗だ」
「……そう言われると照れるわね」
風が吹き抜け、二人の髪を揺らした。静かな夜の中、しばし言葉が途切れる。
「明日は……どっちが勝っても、恨みっこなしよ」
「ああ、約束だ」
彼らの視線が交わる。砂漠の夜空に、星が流れた。
そのころ、宿の一室。ミーシャは寝転びながら呟いた。
「負けたけど、なんか心が熱い……」
ハントは椅子に座り、鎧を磨いていた。
「負けて終わりじゃねぇ。戦いってのは次に繋げるもんだ」
「ふふ、そうね。次は負けないから」
「期待してるさ」
二人の間に穏やかな空気が流れた。窓の外、夜風が砂をさらっていく。
やがて、夜が明けようとしていた。王都サンドリアの上空に、朝焼けが滲む。闘技場の鐘が鳴り響き、街全体がざわめき始める。今日から本選――16名の強者たちが集う、王国最大の決闘が始まる。ケイン、アイカ、アリーシャ。それぞれの思いを胸に、砂の戦場へと歩み出す。
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