第14話 砂塵の闘技場 ― ラーミア編開幕 ―

翌朝。王都サンドリアの空は、白く光っていた。乾いた風が石畳をなで、香辛料と砂の匂いを運んでくる。

「……明日、森都ルゼリアへ出発する予定だったのにね」

宿の食堂で、ミーシャが頬をふくらませながら呟いた。パンの切れ端をかじりながら、尻尾をぴくぴく揺らしている。

「悪いな、ミーシャ。だけど王都全体が封鎖状態じゃ仕方ない」

ケインが苦笑しながら言う。街の門はこの季節だけ、一時的に閉じられる。――理由は年に一度の祭典、「大闘技祭グラン・トーナメント」のためだ。

「王国最大のイベント……か。懐かしいわね」

アイカがカップを口に運びながら微笑む。彼女の故郷であるこの国では、闘技祭の期間中、すべての商業・交通が一時停止するのが慣例だった。

「……つまり」

ミーシャが顔を上げた。

「旅はおあずけってこと?」

「まぁ、そういうことだな」

「うぅ〜、せっかくの出発日だったのにぃ……」

彼女の耳がしゅんと垂れる。だが、次の瞬間――宿の扉が開き、街の喧騒が流れ込んだ。

「――おや、旅人さんたち!」

店主が陽気に声をかけてきた。

「今年の闘技祭、観戦だけじゃなく、特別参加枠が空いてるらしいぜ。外来冒険者も応募可能なんだと!」

「……なんだって?」

ミーシャが跳ね上がった。尻尾がふわりと広がる。

「ケイン! 出よう! せっかくだもん!」

「は?」

「年に一度しかないんでしょ? ラーミアのコロシアム! 戦って勝ち抜いたら名誉も賞金も出るって聞いたことある!」

アイカが苦笑する。

「あなた、ほんと単純ね」

「いいじゃん、アイカも出ようよ!」

「……まぁ、地元代表として顔を出すくらいなら、ね」

アリーシャが呆れながら笑う。

「結局みんなノリノリね」

「私は応援に回ります」

エリスが両手を胸の前で合わせた。

「戦いよりも、皆さんの無事を祈るほうが性に合っていますから」

「いい子だねぇ、聖女ちゃんは」

ミーシャが撫でるように言うと、エリスは照れくさそうに笑った。こうして、突発的に――ケイン、アイカ、ハント、アリーシャ、ミーシャの五人が出場を決めた。


その日の午後、王都中心の大広場はすでに人で溢れ返っていた。色鮮やかな幟が風にたなびき、観客席は砂漠の陽光を反射してまぶしいほどに輝く。巨大な円形闘技場――ラーミア王国の誇り「サンドリア・コロシアム」。司会の声が空に響く。

『――これより第128回ラーミア大闘技祭・予選大会を開始します! 本年の登録者数、総勢二百三十六名! 各ブロック代表をかけ、勇者たちの戦いが始まる!』

歓声が爆発した。砂塵が舞い、太鼓が鳴り響く。ケインたちは控室の一角で、それぞれ武器を手にしていた。

「この雰囲気……悪くないな」

ハントが腕を組む。

「護衛戦や依頼とは違う、“正面勝負”だ」

「手加減できるのかしら?」

アリーシャが笑う。

「観客結界もあるし、殺傷は無効化される。全力で行ける」

ケインは刀を鞘からわずかに抜き、光を確かめる。薄い雷光が走った。

「――久しぶりに、剣が鳴きたがってる」

アイカも双剣を腰に装着し、軽く肩を回す。

「地元の剣士たち、簡単に勝たせてくれそうにないわね」

「それがいい。こっちも久々に身体がうずく」

ミーシャが笑顔で炎を灯す。

「ねぇねぇ、勝ったら賞金いくら?」

「ブロック優勝で金貨十枚。本選進出で追加二十枚らしい」

「……つまり全部で三十枚? やるっ!」


◆ 第一ブロック:アリーシャ vs ハンソン(槍戦士)

砂塵が舞う。開始の合図と同時に、ハンソンの槍が閃いた。

「ストレングス!」

肉体強化の魔法陣が展開され、速度が一気に跳ね上がる。アリーシャは紙一重で身をかわすと、短詠唱を放つ。

「――”エア・ショット”!」

空気弾が連射され、槍の突進を弾く。ハンソンはさらに突き込むが、足場の砂が爆ぜた。

「……見事」

アリーシャの唇がかすかに動いた。

「だが、ここまでね」

魔法陣が三重に輝く。

「――”ファイア・アロー”!」

炎矢が連続で放たれ、槍の穂先を焼き切る。熱風が巻き上がり、歓声が広がる。

『勝者、アリーシャ・フラム!』

観客席から歓声が沸き上がる。彼女は静かに一礼し、控室へと戻った。


◆ 第二ブロック:ハント vs エバンス(王国戦士)

鎧と鎧がぶつかる音が、雷鳴のように響く。

「さすが王国戦士、重いな!」

「そっちこそ!」

両者が盾を押し合い、筋肉がきしむ。

「ウォール展開!」

ハントの前方に淡い光の壁が生じる。エバンスの剣が弾かれる。その反動を利用し、ハントが一気に踏み込む。

「――”シールドバッシュ”!」

盾が閃き、エバンスが吹き飛ぶ。観客席からどよめきが起こる。

『勝者、ハント・ガーディアン!』


◆ 第三ブロック:ミーシャ vs ソニー(風の魔法使い)

砂の舞台に、二つの属性が交差した。炎と風――揺らめく熱と切り裂く刃。

「負けないからね!」

ミーシャが詠唱を開始。

「――”ファイア・バースト”!」

爆炎が地面を走り、熱風が吹き荒れる。だがソニーは風壁を展開してかわす。

「”エア・カーテン”!」

風圧が炎を押し返し、砂煙が渦を巻く。観客がどよめく中、ミーシャは笑った。

「じゃあ、こっちでいく!」

 短剣を掲げると、炎の刃が伸びた。

「――”ファイア・スラッシュ”!」

 一直線に放たれた炎が風壁を突き破り、ソニーの杖を弾き飛ばす。

『勝者、ミーシャ・ルーガルド!』

 尻尾を振って笑顔で手を振るミーシャに、観客は喝采を送った。


◆ 第四ブロック:アイカ vs クライム(氷剣士)

剣が交錯し、金属の音が響く。

「氷の剣士、か。厄介ね」

「あなたこそ、“剣舞の姫”とは光栄だ」

クライムが詠唱する。

「――”アイス・スピア”!」

氷棘が地面から突き上がる。アイカはその合間を軽やかに跳び越えた。双剣が弧を描く。

「”エア・カッター”!」

風刃が氷を砕き、氷煙が舞う。足場を崩し、彼女は一気に接近。

「風と剣は舞うためにあるの」

腰を落とし、剣を交差させ――

「――“剣舞・一閃”!」

白光が閃き、クライムの氷剣が砕け散る。

『勝者、アイカ・ラーミア!』


◆ 第五ブロック:ケイン vs グラハム(水斧の戦士)

巨大な斧が唸りを上げて振り下ろされる。ケインは足を半歩ずらし、紙一重でかわした。その瞬間、砂が弾ける。

「速いな……!」

 グラハムの口から驚嘆が漏れた。ケインは静かに刀を抜く。鞘鳴りと共に、紫電が走る。だが――今はまだ、“居合一文字・紫電閃”ではない。ただの一太刀。それでも、空気が裂けた。

「――”紫風斬”!」

 雷を帯びた斬撃が一閃し、水流を切り裂く。斧が弾け、観客席が総立ちとなる。

『勝者、ケイン・クロウフィールド!』


夕暮れ。五人は控室に戻り、それぞれの勝利を噛み締めていた。

「全員勝ち残り……!」

ミーシャが満面の笑みを浮かべる。

「やったじゃない!」

「あと一勝だな」

 ケインが静かに呟く。

 アリーシャが頷く。

「明日はきっと、もっと強い相手が出てくる」

「楽しみね」

 アイカが笑うと、夕陽がその横顔を照らした。

 砂の王都を赤く染めながら、太陽が沈む。

 その光の中で、五人の影は確かに輝いていた。

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