さいしょのいっぽ
音羽真遊
さいしょのいっぽ
岩崎……?」
「深松君?」
「元気か?」
「うん。元気」
電車の中で偶然初恋の人(しかも片思い中)に会っちゃったら。
これはやっぱり、告白しろってコトなのかなぁ。
岩崎千紗、小学生。
「じゃあ、深松(ふかまつ)愁悟(しゅうご)くんと岩崎(いわさき)千紗(ちさ)さんが委員長に決定です」
担任の先生の朗らかな声が教室に響き渡る。
「ちょっと待ったーっ!!」
私と愁君、二人同時に立ち上がる。
「何でコイツと!?」
そして同時にお互いを指さした。
「人に向かって指さすなよ」
「それはアンタもでしょ」
「あらあら。ケンカはダメよ~二人とも」
このおっとりした担任の一言で、私と愁君は一年間一緒に委員長をすることになってしまった。
私と愁君は何というか、小学校に入学してからずっとケンカばかりで、二人で何かをするなんて考えられなかった。
でも……。
「委員長が宿題やってないってどうなのよ」
少し寒くなってきた秋の日の放課後、私と愁君は二人で教室に残っていた。
半年も経てば、二人でいるのにも慣れるらしい。
正直言って、二人でいるのは嫌いじゃない。
「忘れたモンは仕方ない」
「あのねぇ」
小学生の委員長なんて先生のお手伝いが主な仕事で。
今日もいつものようにみんなの漢字プリントを集めていた。
「あ、オレまだ出来てない」
「愁悟居残り決定~」
近くにいたクラスメイトが笑いながら帰り支度をする。
「というわけで、出来るまで待って。委員長♥」
愁君はプリントを集めていた私におねだりポーズをした。
「委員長は愁君でしょーっ!?」
とか言いつつ、出来るまで待ってしまうあたりが私のいいところ……なんだと思う。
「オレ、漢字苦手なんだよな~」
「愁君、本読まないでしょ」
「読まない。読むと眠くなるし」
「本はいいよ。漢字の勉強にもなるし。というわけで、愁君がプリント終わらせるまでここで本読みながら待ってるから」
私はカバンから本を取り出した。
「おお」
時折質問をする愁君にプリントの解説をしながら、私はその本を読み終えた。
「その本、面白いのか?」
「ん?」
「いや、千紗が面白そうに読んでるから、オレも読んでみようかな~なんて」
あらら?
これは、褒められてるのかな?
「じゃあ、はい。この本もう読み終わったから、どうぞ」
褒められてるのなら、悪い気はしないじゃないの。
この日から愁君はすっかり本好きになり、私たちは本の貸し借りをするまでになった。
「高木(たかぎ)彩子(あやこ)です。よろしくお願いします」
五年生になって、彩子ちゃんが転校してきた。
あまり協調性がないらしく、みんなの和に入ることは少なかったけど、私たちは何故か仲良くなり、いつも一緒にいるようになった。
去年一緒に委員長をした愁君は、クラスが離れてしまった。
だけど、同じ図書委員をすることになって、ずっと本の貸し借りは続いていた。
それが、とても嬉しかった。
千紗、中学生。
「ち……岩崎。この本買った?」
「あーっ、新刊出たんだ?」
「オレ読んだから貸すわ」
「ありがとう。じゃあ、これ貸すね」
「お、これ読みたかったんだ。サンキュ」
中学生になってからも、私たちは本を貸し合っていた。
ただ、小学生の頃と少しだけ変わったこともある。
「千紗ちゃんて、岩崎君と仲がいいんだね」
「え? そんな、普通だよ」
中学校には、別の小学校の子も来るわけで。
気がつけば愁君はみんなのアイドルになっていた。
みんなのリーダーであることに代わりはなくて、生徒会長なんてモノも務めている。
いつの頃からか、私たちは千紗と愁君ではなくて、岩崎と深松君と呼び合うようになっていた。
それがとても寂しくて。
深松君って呼ぶたびに胸がチクリと痛くなった。
その原因に気づくのに、時間はかからなかったと思う。
愁君のことが、スキ。
「千紗、本当にこのままでいいの?」
「いいよ~。だって、友達じゃん」
ある日の放課後、彩子が真剣な顔でそう言ってきた。
親友の彩子には何もかも話してある。
自分の気持ちも、この先の進路も。
そして今、目の前には進路希望調査票がある。
といってもこれは最終確認で、三年生の私たちはもうほとんど進路を決めていた。
「深松君と離れちゃうのね」
「うん。彩子とも離れちゃうね」
私たちは、自分の進路のために別の高校を選んだ。
私は音大付属の女子校、彩子は英語に力を入れてある私立の高校。
……深松君……愁君も、彩子と同じ高校を希望している。
本を読み始めてからの愁君は、かなり成績がよくなっていた。
「なんだか悪い気がするわ」
「何言ってるの。ほら、よく言うじゃん? 初恋は実らないってさ」
そして、告白する勇気を持てないまま、卒業式を迎えた。
深松君と同じ校舎で過ごす、最後の日。
卒業式の後、みんな校庭に集まって写真を撮っていた。
やっぱり深松君はみんなの中心にいて。
遠くから見ているしかなかった。
だけど。
「いわさ……千紗!!」
たくさんの女の子に囲まれていた愁君が何かを投げてよこした。
慌てて手を伸ばしてキャッチする。
「それ、やるよ」
手の中を確かめると、それは愁君の名札だった。
「だから、お前のよこせ」
「よこせって何よ!?」
そう言いながら名札をはずして放り投げた。
名札はしっかりと愁君の手にキャッチされて、周りの女の子達がキャアキャア騒いでた。
「帰ろっか」
私は彩子を振り返った。
「そうね。帰りましょう」
この日、私は一晩中泣き明かした。
名前を呼ばれて嬉しかった。
名札を、ずっと身につけていたモノをもらえたのが嬉しかった。
でも、離れてしまうことが、こんなに寂しいことだとは思わなかった。
千紗、高校生。
高校生になってからは、忙しくて、彩子にもなかなか会えなくなってしまった。
それでも、小さい時から続けていたピアノを本格的に学びたくて選んだ高校だから、楽しかった。
彩子は時々、愁君のことを教えてくれた。
模試で一位を取ったこと。
また生徒会長をしているということ。
そして、彼女が出来たことも。
それは私も同じで、彼氏がいた時もあった。
だけど、長くは続かなかった。
どうしても、愁君の面影を追ってしまうから。
「岩崎、昔みたいに名前で呼んで?」
「は?」
何言い出すの、この人は。
しかも、一年会ってないだけなのに、めちゃくちゃかっこよくなってるんですけど!!
「いいから呼んで」
「……愁、君?」
「千紗」
「……なに?」
何なの?
何がしたいの?
「千紗」
「……?」
「ちーさ」
「何なのさっきから!」
「やっぱり、これだよなぁ」
ウンウンなんて、一人で納得してしまっている。
ワケのわからないことしないでよ~。
ただでさえドキドキしてるのに~。
「オレ、やっぱ千紗が好きだ」
「は?」
「中学に入って、お前、オレのこと深松君って呼ぶようになっただろ? 結構寂しいモンでな」
寂しい?
深松君が?
「あんなに女の子に囲まれてたのに!?」
「そこが不思議なんだよなぁ。何でだと思う?」
「知らないわよ」
「千紗がいないからだったんだよな。いつも一緒だったのにな」
「それは、委員とか一緒だったし」
とか言いながら、深松君が言った寂しいという言葉に思わずきゅんとしてしまう私。
「高校に入ってすぐ、女の子と付き合ってみたけど、隣にいるのが千紗じゃないって、すっげー違和感なんだよ。だから、悪いと思ったけど別れた。千紗は?」
「おなじよ。愁君のことが忘れられなくて、すぐ別れたの」
なぜだか、ポロポロと涙がこぼれ始めた。
「あの子達の間に入って、愁君は私の! とか言えないじゃない」
「言えばよかったのに」
「彼女じゃないんだから!」
「いいんだよ。彼女じゃなくても、千紗はあの頃からオレの特別だったから」
「だったら早くそう言いなさいよ、バカぁ」
私はついに本格的に泣き始めてしまった。
「深松君じゃなくて、愁君って呼んでたかったよ。でも、周りの女の子の目が怖かったんだもん」
「あぁ、うん。ごめんな」
深松君は私の頭をなでなでし出した。
「愁君のバカぁ」
「ごめんな」
こんな八つ当たりのようなグチに、愁君はいつまでも付き合ってくれた。
愁君が悪いワケじゃないのにね。
「だから、千紗。卒業式のところからやり直させてくれ」
「卒業式?」
「そう。名札渡した後だなぁ、言うつもりだったんだよ」
「何を?」
「お前が好きだ」
「……なっ」
「千紗は?」
「……キ」
「ん?」
「ずっとスキだったって言ってんの!!」
「なんだ、両思いじゃーん」
「そうですね」
何故だろう。
「なんだよその態度は」
何かこう、釈然としないのよね。
「とにかく、学校まで迎えに行くから、毎日一緒に帰ろうな」
「なんで?」
「いーからいーから。オレがそうしたいのよ」
隣に愁君がいる。
それだけで笑顔が出てくるよ。
「これからはずっと一緒な」
「うん」
遠回りはしたけれど、
さいしょのいっぽ
やっと踏み出せたかな?
「おーい。千紗。早く早く」
こんな一歩も悪くない、かな。
さいしょのいっぽ 音羽真遊 @mayu-otowa
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