第2話

 そのノック音は、心臓をも震わしたように感じた。俺はその人からの期待を一身に受けていながら、裏切ってしまったのだ。

「要……、結果はどうだった?」

「……」

 答えられるはずがなかった。今回のことで裏切ってしまったのは、母さんだけではない。父さんも、姉さんも、俺の受験を様々な形で応援してくれていた。それなのに、俺は……。

「そう、ダメだったのね。でも、大丈夫。お母さんもお父さんも、優秀者になんてなれなかったけど、こうして元気に暮らせてるんだから」

「……そんな訳ない」

「どうしたの?」

「優秀者にならなくても大丈夫なんて、そんなはずないだろ! 俺は今回、できることは全部やったんだ。何がダメだったんだよ、クソ……」

 丸で自分が自分ではないかのように、思いもしない言葉が飛び出てくる。しかし、そういう言葉こそ本心なのかもしれない。もう、自分にはどうすることが正しいのかすら考えられない……。

 そんな苦悩に苛まれる中、母さんだけには何かが見えているようだった。

「大丈夫だから、落ち着いて。一度、深呼吸をしてみて」

 包み込むように、俺を抱きしめる母さんはそう囁いた。しかし、心を落ち着かせる余裕も持ち合わせていない俺は、ただ思うがままに言葉を口にした。

「なんだよ、さっきから。大丈夫、大丈夫って…! また、学校と家を往復するだけの日々を過ごせって言いたいのかよ!」

「……確かに、今は苦しいかも知れないけど、生きていれば、いつか本当に幸せな瞬間を迎えることができる。だから、そのときまでは頑張って生きるの……。お母さんを信じて」

 ふざけるなよ。この中学で過ごした三年間が、どれだけ苦痛だったかを母さんは理解していないんだ。だから、そんなことが気安く言えるんだ。

「いつかってなんだよ……。じゃあ、俺はそのいつかのために苦しみ続けないといけないのかよ。バカにするな!」

「要、待って……!」

 俺は母さんの腕を振り切って、外に飛び出した。

 行き先なんてあるはずのない道をただひたすらに走り続ける。こんなこと初めての経験だ。

 一人で外を出歩くなんて通学時限定の特別なことだったが、出てみれば案外大したことはない。

 そうだったんだ。制限を掛けていたのは、自分が勝手にやっていたことで、犯罪をしなければどうということはないんだ。

 しばらく歩いていると状況に順応し、さっきまでの怒りが嘘のように消え去っていた。次第に冷静さを取り戻すと、好奇心が押し寄せ、次には後悔が生まれていた。

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