ラストウテルス
lecom
第1話 ギフトなんて
ムリクは今生を嘆いていた。ムリクはインキュバスの王子である。
この世界のヒトは、稀に何らかの能力を与えられた状態で生まれてくる。能力の種別は様々だが、中でも眉目秀麗な容姿に加え、他を催淫する能力を持ち、さらに性に関するなんらかの力を与えられて生まれてくるのが、サキュバス・インキュバスと呼ばれる存在だ。彼らに人種としての区別はなく、トールマンの子に顕現があらばトールマンのサキュバス・インキュバスに、ドワーフならばエルフならばと以下同文である。この能力の発現は遺伝し、血族すべてサキュバス・インキュバスであったりすることも珍しくなく、人口管理の観点からも一国の権力構造まるごとが彼らであることも、公であるか否かは置き、ままある。
トールマンのインキュバス血族として生まれたムリクに与えられた能力は”吸精”である。歴史あるこの血族も国家の権力構造に組み込まれており、大貴族の長子であるムリクは家督を継承する立場にあるが、齢30に満たぬ自分にとってそのことに思い悩むよりも逼迫なる問題が彼にはある。(年齢は現代人類の2.5倍ほど、年齢に関する他要素も同様)
「吸精」
性行為に及んだ相手の精力を吸い取る能力である。吸い取った精は己に置換される。魔力が存在するこの世界では、それこそ精力を魔力に置換したり肉体の増強に使ったりと用途に困ることは無い。事実、ムリクはこれまで吸った精のおかげで世に比類なき魔力と数千の兵と同等の武を持ち得ていた。血族にとってこれ以上に喜ばしいことは無くムリクの時代当主の座は揺るぎないものである。
正直そんなことはどうでもいいのである。ムリクはしたことが無いのだ、射精を!
吸精が発覚したのはムリクが乳飲み子のころであった。乳母の一人が催淫に負け、ムリクに手を出したのだ。家の乳母は危険性もかんがみてすべてサキュバスで構成されていたが、ムリクの能力がその上を行ってしまったのだ。行為後見つかった恍惚状態の乳母はサキュバスとしての能力をすべて失っていた。然して職を辞することとなった訳であるが、完全にムリクに心酔しており、側に居られないまでもせめて屋敷の近くに居を構えたいと懇願され、それを家が認めるもその後数年で亡くなった。老衰である。能力の調整が効くことも分かった。ムリクの幼少期に執事の一人が催淫に負け手を出すも(むろんインキュバスであったわけなのだが)、同性の趣味が無かったので軽くあしらわれた。行為後ムリクの報告を受け見つかった恍惚状態の執事は、インキュバスの能力を失ってはいなかった。然して無論問題である、筆頭執事の座を辞することにはなった訳であるが、完全にムリクに心酔しており、側に居られないまでもせめて家には引き続き仕えたいと懇願され、ムリクと同じ建物に入ってはならない、見習いとしての雇用と条件を付け、家がそれを認めた。今でも見習いをしている。
同じく吸精をもったインキュバスが過去ムリクの家の当主になったことがあった。当時弱小貴族であったムリク家(後で考える)がその当主の時にその人心掌握能力をもって今の大貴族の礎を築いたということもあり、ムリクには過度な期待が寄せられている。ただその当主は子をなさなかった。なせなかった。
挿入に至っても、相手が絶頂に至っても、放精はしない。自慰行為も不可能だった。精を精のまま開放することが不可能なのだ。吸って貯めた精力は溢れる魔力としてほとばしり、天見えぬ膂力に注ぎ込まれ、置き換わらぬものは只無為にその身に宿すだけなのだ。人と交わう時、解放の弁が放たれる気がする。しかし弁は相手からの精に一方通行に押し込まれるだけなのだ。快楽はある。しかしそれは食事のそれと同じである。性行為を食事と称したサキュバス・インキュバスがいたようだが、性行為を一体何だと思っているのだ。つまりムリクは絶頂に達しえないのだ。
イケねえ人生ツマンネってね。
ラストウテルス lecom @kotokobayasi
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。ラストウテルスの最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます