10月25日 中古カメラ店(後編)

「急にすみません。もしかしてなんですけど、写真撮ってから、こう……黒い煤みたいな煙、影?が見え始めたとか、ありませんか?」

 

 これまで黙っていた田口の言葉に店主は俯くが、ゆっくりと顔を上げて口を開いた。

「…そのカメラが持ち込まれて数日は、特に何も無かったんだ。正直言って、持って来た人の話は信じてなかったからね。

 ただ、僕も写真を撮るから“光を飲み込むような黒”っていうのが妙に気になって、家にあった物を撮ったら…さっき話した通り、真っ黒になったんだ。

 最初はモニターとかが壊れてるだけと思ってたんだけど……」

 店主は、そこに“色”があることを確かめるように壁の写真を見つめ、静かにこちらに向きなおった。

 

「まず、視界が日に日に薄暗くなって来た。

 まあ、見ての通り僕も歳だからね。最初は老眼か何かかなって考えてたんだけど、次は君……えっと、田口くんの言った通り煤のような影が棚とか部屋の隅から漏れ出ているように見え始めて…眼科で診てもらっても、元々の近視と少しの老眼だけで、視界が暗く見えるような病気はなし。

 そこから更に何日かしたら、飾っていた写真まで黒く見え始めた…そうそう、その壁の写真。今はまた普通に見えるようになったけど……君たちにも普通に見えてるよね?」

 店主が心配そうに指を差す写真を二人は見る。紅葉した木と茶色い大きな雉に似た鳥の写真だった。

「かっこいいでしょ、この鳥。ヤマドリっていう日本の固有種で、国鳥の雉の仲間…って、ごめん、ちょっと話がズレたね。

 と、まぁ。その写真まで黒く見え始めたと思ったら、他の写真まで黒くなり始めて……精神科やら色んな病院に行っても何も原因がわからないし、分かってもらえないしで、頭がおかしくなりそうだった。」

 話していて当時を思い出したのか、店主は泣きそうな顔で話を続ける。田口はビデオカメラを見て、撮影可能時間やバッテリーが十分残っている事を確認すると、井出が口を開いた。

「壊したりとか、考えなかったんですか?」

 その問いに店主は首を小さく横に振って井出の顔を見る。

「考えたよ。でも、いざ壊そうとすると、不思議と“壊したら戻れなくなる”ような気がしたんだ。

 それで、あの日、君が『曰く付きの物ってないですか?』って店に入って来た。

 こう、古い物を取り扱っているからか同じような事を聞いてくる人って偶にいて、今までは適当にあしらっていたんだけど、そのときに“この人に渡せばいいかも”って思いついたんだ。

 ……壊そうとした時と違って、なぜか手放すのは大丈夫な気がしたんだ。ごめん。」

 店主が二人に向かって頭を下げるのを見て、井出は両手を振る。

「いやいやいやいや!そんな謝る事ないですって!寧ろ本物譲ってもらえてラッキー!みたいな!で、今はその、煤?みたいなのは見えなくなったんですよね?」

 店主は小さく頷く。

「譲ってすぐに見えなくなった訳ではないんだけど……君に譲って数日後、朝起きたら全部元に戻ってた。写真も視界も黒くなくなったし、煤も見なくなった。」

 井出が笑顔で「それはよかった!」と喜んでいる横で、田口が小さく手を上げた。

「あの、井出に譲った日と元に戻った日って覚えてますか?ザックリとでもいいんですけど。」

「譲ったのは…8月の終わり頃だったかな……うん。それで元に戻ったのが9月の頭。持ち込まれた日は7月だったけど、日はちょっと覚えてない。店の書類見たら分かるけど…」

 田口は、書類を取りに立とうとした店主を「カメラが持ち込まれた日は一先ず大丈夫です。」と制止すると、井出が思い出したかのように一度手を叩いた。

「譲ってもらった日はあれだ。お前とファミレスで打ち合わせした次の日の夕方。仕事帰りにここを見つけて寄ったんだよ。」

 田口はスマホのカレンダーを確認する。

「ファミレスっていうと、ゲームカセットの打ち合わせの時だから…8月27日か。

 井出、9月の最初の方に何か心当たりは?」

 井出は少し考え、あっと小さく声を出すとカメラを操作し、真っ黒な液晶をこちらに向けた。

「これだ。9月4日の夜。あのラジオを撮ったんだよ!……真っ黒だけど」

 液晶に表示された真っ黒な写真の周囲には撮影時刻が表示されていた。

「もしかして、井出が撮影したから解放された?」

 田口がそう言いながら何か考え込むと、応接間に静かな空気が落ちた。

 店主はゆっくりと息を吸い、そして小さく頷いた。


「うん、僕が元に戻った日と、君がその、ラジオ?の写真を撮った日が多分、重なってるんだよ。」

 

 カメラについては分からないままだが、写真が黒くなる現象を実際に体験した人が自分達以外にいることが分かった。しかし、今の所この現象から解放される方法が『誰かに押し付ける』しか分からない。


「そうだ、君達は撮った写真をパソコンで見たりしたかい?」

 パソコンに取り込んで見たが、相変わらず真っ黒だった、と伝えると店主は緊張した顔で続けた。

「えっと、明るさだけじゃなくて、色調だとか色々変えたら見えるようになったんだけど…」

 だんだん声が小さくなってしまったところを見るに、極力思い出したくない話なのかもしれないが、少しずつ言葉を続けていく。

「こう、写るはずのないものが見えたんだよ。ヤマドリの写真が入った額縁の後ろから、黒い手みたいな影が出てた。」

「それ、見せてもらえませんか?」

 井出の言葉に店主はビクッと身体を跳ねさせると、腕を組んで唸りながら考え始めたが、すでに煤からは解放されたからか渋々ながら了承してくれた。


 書斎兼作業部屋に入ると、店主はパソコンを立ち上げた。

 「……ほんとに、見るんだね?」

 二人の顔を見た後、軽く深呼吸をすると、意を決して真っ黒なサムネイルを画像編集ソフトに読み込ませた。

 明るさ、コントラスト、色調、トーンカーブ……様々な数値を変えていく。

 

「おお!すごい!これ、あの鳥の写真だよな!」

 目を輝かせる井出と、数値をメモする田口の目の前で徐々に闇が剥がされていくが、被写体があらわになるにつれ、三人の顔に困惑の表情が浮かび始める。

 数分後、店主の手により本来の写真がパソコンに写し出されたが、そこには話に聞いた『黒い手のような影』はまさに影も形もなかった。


「あれ?消えてる……?前はこう、額縁の裏から手が出てたのに。」

 想像と違う展開に、店主は安心と困惑が入り混じった顔をしている。

「元ファイルってメモリーカードに残ってますか?」

 田口の意図を察した店主は、引き出しからメモリーカードを取り出しパソコンに差し込むと、自動でメモリーカード内のファイルが一覧で表示された。


「黒くない?」


 そこには応接間で取ったであろう、数枚のサムネイルが並んでおり、どれも黒に染まっていない。

「メモリーカード間違えてるとか?」

 井出の言葉に店主は首を横に振り、田口はファイル名を指差す。

「ファイル名が同じだからメモリーカード間違いではなさそうだ。」

 店主は順番にファイルを開いていく。

 

 ヤマドリの写真、応接セット、窓から見える風景……

 

 初めから何も問題なんてなかったと言わんばかりの写真を表示していくにつれ、店主の顔が安堵に包まれていくのが目に見えて分かった。


 結局、店主の写真を塗り潰していた闇は全て消えていた為、取材は終了となった。

「君達のおかげで……いや、結果的に押し付けてしまっただけだ。申し訳ない。」

 安堵と申し訳なさの入り混じった顔で謝る店主を、井出は笑いながら励まし、手を振って店を出ると車に乗り込み、状況整理や動画の編集の為に井出の家に向かうことにした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る