妖界人界混合大舞踏会ー通称:百鬼夜行ー

森田田根子

第1話 お化け屋敷は廃業寸前!?(1)

 暗闇の中をある若いカップルが進んでいる。


 カップルは制服を着た高校生だ。足元を探るようにゆっくり歩きながら、かすかな物音が立つたび、女が男の腕にしがみついている。


 怖い、怖いと連呼し怯える女を、大丈夫だからと男は慰めながら、おそるおそる前進する。そんな二人のそばにひとつの影がちらついた。


 いい獲物が来たぜ……!


 長い舌で唇を舐め、影は彼らが近づいてくるのをじっと待っている。まだだ、まだ、もう少し。辺りは暗闇。彼らはその気配に気づくことはなく、狙われていることも知らないで、おぼつかない足取りで通路を進む。あと三歩、二歩、一歩……そして、影は身を乗り出した!


「うーらーめーしーやーーー!」


 まるで背後からじっくりと獲物を狙うサバンナのライオンのように、彼らの死角から強烈な一撃を浴びせる影。


「ひゃあああああっ!」


 女が金切り声をあげた。「うわぁ!」と、男も一瞬驚いて後ずさった。してやったり。自らの術中にはまり恐れおののく彼らを眼前にして、影は再び舌なめずりをした。たまんねぇ。人を驚かせることはまさに愉悦そのもの。もっと叫び声を聞かせろ! 驚き、恐れ、泣き叫べ! そうして影は更に身を乗り出す。


「うーらーめーしーやぁーー!」


 しかし、ここで予想外のことが起こった。


「いやよくできてるなーこれ。動きが普通のお化け屋敷じゃないもん。相当作り込んでるんだろうな」


 男が素っ頓狂に言ったその瞬間、先ほどの恐怖を忘れたように彼らは談笑を始めた。


「知ってる? この遊園地、お化け屋敷で有名だったんだよ」と、既にお化けになど眼中にないといった口調で、女は彼氏の方だけを見つめている。


「そうなんだ、聞いたことなかったけどな」


「東洋一のお化け屋敷って言われていたんだってさ。それも五十年も昔の話だけどね。おばあちゃんから聞いたの」


「そうなんだ、へー」


「なんか全然興味無さそうだね」


「まあ、所詮お化け屋敷だし」


 そうして何事もなかったように立ち去っていく彼らは、このお化け屋敷にとっての本日初めてのお客様であった。時刻は午後一時三十分。遊園地の開園が九時だから、すなわち四時間半もの間、お化け屋敷に客が入っていなかったことを意味する。それもこのお化け屋敷にとっては平常運転で、一組も客が入らない日があることも決して珍しくない。


 彼らの背中を見送り、影は引き返す。死ぬほど驚かせてやると意気込んでいた十分前の威勢が嘘みたいに、肩を落とし、明かりのついた控え室に帰ってきたとき、影の正体がいよいよあらわにになる。


 身長は百六十くらい。ボロボロのTシャツと短パンにスニーカー。一昔前の田舎のわんぱく小僧のようなファッションをしており、令和の時代に明らかに釣り合っていない外見は異質で、不気味である。しかし、その者が何よりも「異なる」部分はそこではない。その顔面にはなんと目鼻はなく、ただ口と長い舌があるだけでなり、その容貌は、まるで噂に聞く「のっぺら坊」そのものなのだ。


「ちくしょう! あいつらずっとイチャイチャしやがって、せっかく俺様が出てやってるってのに!」


 のっぺら坊の野太い声が控え室に響き渡る。およそ八畳ほどの空間の中心にはテーブルにパイプ椅子が、壁際にはほつれたソファーがあり、その隣にある背の高いラックは書類の紙で溢れかえっている。そのパイプ椅子の一角に腰掛け、およそ五十年分の書類整理をしながらのっぺら坊の話を聞くのは、前髪をまっすぐ揃えて眉のあたりまで下ろした、中性的な見た目の少年だった。


 一見、彼は何の変哲もない少年である。身長は百三十センチほどで小柄。少しほつれた紺のジンベエに身を包む姿は、のっぺら坊同様に「異形」であるが、彼もまた、まことに異形たる所以ゆえんはその服装にあらず、その「三つ目小僧」という名にある。文字通り、その前髪の下に人ならざるもう一つの目を持っているらしいが、それを見たものは誰もいないという……


「まあまあ、落ち着けって……」


 三つ目小僧、通称ミツメが、憤るのっぺら坊を慰めようと試みるが、のっぺら坊は血気盛んゆえ、一度火がつくと中々機嫌を直してくれない。


「くそっ! 特にあの男、所詮はお化け屋敷って、この場所を心底馬鹿にしたみたいに言いやがって!」


「まあ、まあ、ノッペリさん、とりあえず落ち着いて……」


「落ち着いていられるかぁ! ミツメ、お前はなんとも思わねぇのかよ! お前にだって妖怪のプライドはあるだろ?」


「それは、あるけれど……」


「妖怪は人間を驚かせてナンボ、それこそ生き甲斐! それができずに鼻で笑われてあしらわれるって、悔しくねぇのかよ!」


「まあ、仕方ない部分もあるんじゃないかな。だってお化け屋敷なんて今どき人気ないし。若い子はみんなUSJとかディズニーに行くもんだし……それに、このお化け屋敷の経営状況だって五十年前からずっと右肩下がりな訳だし、昔いた妖怪たちもみんな出て行っちゃったし」


「うるせぇ! 言い訳ばっかするな! いいか、次客が来たらお前が出ろ! 俺が人間の驚かせ方をレクチャーしてやる!」


「ええ、そんなの無理だって……僕なんて雑魚妖怪だし、人を驚かせるなんて」


「何言ったんだ。何事もやってみなくちゃ分からねぇだろ!」


 熱血のっぺら坊「ノッペリ」と、臆病な三つ目小僧「ミツメ」、二人の舌戦が加熱する最中、控え室のドアを蹴破る勢いで一人の女が息を切らして飛び込んで来た。その瞬間、二人は口論をやめ、一斉にその女性に目を向けた。


 小柄で色白の、いかにも大和撫子らしい黒髪の女性。白い着物と赤い袴に身を包む、その風貌はまるで神社の売り子のようだ。


「大変ですーー!」


 彼女は神宮寺アカネという。お化け屋敷の裏手にある神社の娘であり、この異形だらけのお化け屋敷において、唯一の「普通の人間」の関係者である。お化け屋敷の総括マネージャーとして、遊園地とお化け屋敷との関係を取り持つことが彼女の業務内容である。


 弱冠十九歳の彼女が総括マネージャーを任されている理由は、代々神宮寺家の人間がその職を受け継ぐ伝統があるからであった。この遊園地において、神宮寺家以外の人間がこの職を務めると、謎の病気や事故に見舞われるためである。


「おいおい、どうした!」


 のっぺら坊の問いかけに、アカネは青ざめた顔で答えた。


「大変です、遊園地側が、来月末をもってこのお化け屋敷の解体を決定しました!」

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妖界人界混合大舞踏会ー通称:百鬼夜行ー 森田田根子 @morinofumiya29

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