第35話 ガルデス=ミックハイラの覚悟
串焼きを食べ終え、少し街をぶらつく。
区画を一回りする頃には、太陽は頭上に差し掛かっていた。
そろそろ馬車の準備も整った頃合いだろうし、何よりガルデスくんに心配かけても悪い。
僕とサリティさんは一旦宿へ戻ることにした。
宿前で待っていた彼は、僕たちの姿を見つけるとほっとしたように胸をなでおろし、手を振ってきた。僕も片手をあげてそれに応える。
「おかえりなさいませ。特に問題はありませんでしたか?」
「うん。問題ないさ。ちょっとばかし、興味深く見られてはいたけどね。」
その言葉に、ガルデスくんの片眉がぴくりと持ち上がる。
なので、僕は手をひらひらと振って続けた。
「大丈夫。風は吹いている。ここから先は、グランバル氏に任せればいい。」
「……そう、ですか。
そういうことでしたら、後は御屋形様に任せれば心配ないでしょう。」
彼は深くため息を吐き、サリティさんに目配せをする。
彼女はその目線に対して、片目を瞑り、興味なさそうに肩をすくめて返した。
何も問題ない。
言葉はなくとも、それは一目瞭然だった。
僕からの言葉をそのまま飲み込むのではなく、同僚にも耳を傾ける。
その念入りな確認には、護衛としての責任と、生来の生真面目さが滲んでいる。
――だからこそ、僕にはさっきの独り言が引っかかる。
彼の真面目さゆえに、きっとこのままでは、彼は言葉を飲み込むだろう。
そんな確信めいたものが、僕にはあった。
「ねえ、ガルデスくん。出発前に一つ聞いておきたいんだけど」
「はい?ほかに何か心配事でもありましたか?」
「いや、心配事ってほどでもないさ。
どちらかというと君が抱えているものの正体を知っておきたくてね。」
「それは……何か私に落ち度でもありましたか?」
「落ち度じゃないよ。
……さっき、僕らを見送る時に言ってたよね。
『機会は今しか……しかし……』って。」
「っ!」
ガルデスくんの喉が、かすかに鳴った。
視線が惑い、言葉が喉の奥で詰まっている。
その反応だけで、彼がどれほど迷っていたのかが分かった。
言うべきか、言わざるべきか――その葛藤が、今ようやく表に出た。
「言いたくないなら無理にとは言わないよ。
でも、言いたいことがあるなら聞くよ?」
僕は、できる限り彼の気持ちに寄り添うように言った。
望みがあるなら、言ってほしいからね。
同時に強制もしたくないんだ。だからこそ、最初に逃げ道も示しておく。
彼が引くなら、僕はこれ以上追及する気はない。
彼はそれを良しとして選んだんだからね。
でも、きっとこの逃げ道は必要なかった。
ゆっくりと顔を上げたガルデスくんは、握りしめた拳に力がこもり、その瞳には迷いの影は消え、確かな意志が宿っていた。
「……では、アルトゥス様にお願いがあります。」
スッと彼は腰から鞘ごと剣を抜き、片手で握って僕の目の前に差し出した。
「僭越ながら……一手、ご教授願いたい。」
その声音は、いつもの丁寧さの奥に、強い決意が宿っていた。
教授願いたいといいながら、剣を差し出すその所作は、まるで正式な決闘の申し込みのようで。
彼がどれほど真剣に、どれほど強く願っているのかが伝わってくる。
これは指導ではなく、己の実力を試すための挑戦をする者の態度。
ああ、そうか。
今までの僕を見てきた彼は、そこまで期待してくれたということか。
「……本気だね?」
「はい。
サリティとあなたが模擬戦をしたとき。
夜襲の時に影を狩りとった貴方の戦いを見たとき。
私は心が湧きたちました。
この方は強いと。
そして願ってしまった。今の自分でどこまで食らいつけるのかを。
サリティのように、まっすぐな気持ちとは言えません。
ですが、恥を忍んで申し込みます。
どうか、私にあなたの本気をみせてもらいたい。
私の求める、新たな強さのために。」
ああ、なるほど。
なんてまっすぐな男だ。
あの葛藤は任務を忘れて自らの欲求のままに動くことを恥じていたから。
それでもその恥ずかしさを抑え込んでも、次の強さを求めたいがために、頭を下げることを厭わないこと。
うん、僕はね。
そうやっていろんな葛藤をして、悩んで、それでも前に進もうとする人が好きだ。
きっと、彼の葛藤は分からない人には決して分からない気持ちだろう。
彼は任務に忠実で、生真面目で、常に公の立場を優先してきた男だ。
だからこそ、そこに私情を置かない。
それが彼のこれまでの生き方だった。
そんな彼がご教授願いたいと頭を下げる。
それは、ただの稽古の申し込みじゃない。
これまでの価値観を揺るがすほどの、大きな覚悟の一歩だったのだろう。
彼は今、自分の殻を破ろうとしている。
30後半というベテランの風格を持ち合わせる戦士が、なお、その先の進化を自ら選び取った。
その事実が、何よりも重い。
「いいよ。じゃあ、手合わせしようか。
これからも護衛を続けていってもらうためにも、君の今を見せてくれ。」
「……感謝いたします!」
ガルデスくんは深く頭を下げた。
己より強い者というのは、本来なら妬ましく、遠ざけたくなる存在だ。
けれど彼は、自分も僕のこともまっすぐに受け止めている。
自分を見つめることができる彼は、この先もっと強くなるだろう。
変わることを選べたのだから。
だからこそ、僕は応えよう。彼の覚悟に。
頭をあげたときの彼の顔は、晴れやかだった。
そして、その背筋はいつもよりずっとまっすぐだった。
「ん。やっぱりガルデスも戦士の血が騒いでいたんじゃないか。
最初からそう言えばよかったのに。」
「やかましい。……と、言いたいが、今回はお前の言うとおりだな。
初めからもう少し素直にお願いしておけばよかったとおもうよ。」
サリティさんがふんっと鼻を鳴らしてそっぽを向く。
意外なほどに素直な彼に少々驚いたようだね。
でも、その変化は歓迎していた反応だったようで、口端に笑みを湛えていた。
彼女の目は、仲間を見守る狩人のそれだ。
そこには元々彼に対する敬意のほかに、素直になるという変化を選んだ上司への賛美の気持ちが滲んでいた。
なんだかんだ、2人の関係は理想の上司と部下の関係に見える。
互いに互いが強くなることを喜び合う。そんな戦士の関係性だ。
こうして、一人の戦士の挑戦を僕は受け止めることになった。
願わくば、彼にとっていくつもの成長の余地を残す有意義な手合わせにしたいと思う。
だからね、ガルデスくん。
ちょっとだけ本気を出すから、覚悟してほしいな。
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