朝は、まだ来ない
満月 花
第1話
世界の片隅で、二つの時間が止まったまま。
朝の涼しげな空気が好き。
起きはじめた街のざわめきを感じながら
朝露に濡れた草や花を愛でながら歩く。
夜の静かな佇まいが好き。
密やかな気配の中、思考しながら歩く
帰りにカフェに入ってお気に入りのドリンクを飲む。
散歩から帰って軽くシャワーを浴びて身支度をして
食事をとって仕事に行く。
鍵かけはしっかりと確かめて。
仕事をして帰宅して
そしてたまに
早朝か夜に散歩に出掛ける。
私の日常。
だけど、そんな日常はもう来ない。
ささやかな楽しみすら私はする事が出来ない。
だって、私はもう……死んでいるから。
どうして私が死んだのか覚えていない。
私が気がついた時はすでに死んだ後だった。
私は林の中へと引きずられて、埋められた。
男が穴を掘り、私に土をかけてるのを私は見ていた。
いつ、どうして、どうやって、私が死に至ったのかは
わからない。
でも、覚えてるのはその男の顔と走り去る車。
ねぇ、どうして私は死んでしまったの?
私はこのまま土の中にいたまま。
私は今日も彷徨う。
何かを見つけるために
何かを求めるために
ーーある夜、別な場所で。
男は帰宅すると留守番電話のメッセージを聞いた。
車の修理が終わったという事。
夜道のドライブの時に、飛び出してきた野生の動物がぶつかってきた。
幸い動物は直ぐに林の中へと逃げていった。
車の角が凹んだ。
という事にしている。
あの夜、道路を歩いている女に気づかなかった。
ハンドルを切るのが一瞬遅れた。
女がぶつかり、そのまま飛んで道の傍に転がり落ちていった。
打ちどころが悪かったのか、女は死んでいた。
幸いここはあまり車の通りが少ない。
古い道なので監視カメラの設置もない、誰も見ていない。
男は女を埋めた。
しばらく、事件が露見するのではないかと怯えて過ごした。
だけど、その気配はない。
ひょっとしたら、あの出来事は夢か妄想だったもしれない。
本当に動物にぶつかって車が破損しただけかもしれない。
日常を取り戻し、男は記憶を塗り替えようとしていた。
「……みつけた」
男は夢でうなさている。
林の中ゴツゴツと不安定な足元、枯れ草が生えてる地面を引きづられていく。
声も出ない、されるがままだ。
無造作に放置され、ザクザクとした音が林の中で響く。
ゴロンと身体が掘った穴に落とされる。
土が被さっていく。
身体に、顔に、土が積もっていく。
重く冷たい土が全てを覆っていく。
埋められている?
埋めたのは俺のはず
どうして?
苦しい、苦しい。
もがきたくても土の重みで身体が動かない。
冷えた土に滲んでいくのは
男の汗か涙か。
息が止まるような感じに一瞬で覚醒。
目が開かない、重くて瞼が開かない。
それに、部屋で寝ているはずなのに風を感じる。
自分を風が取り巻いているのだ。
耳の奥で金属音が鳴った。
金縛り?
身体が動かない。
指一本も、瞼も口も開かない。
寒い、寒い、寒い。
夢なのか?起きてるのか?
それすらもわからない。
「……ねぇ、どうして私を置き去りにしたの?」
女の声が男の耳元でつぶやいた。
永い夜はまだ続いている。
インターホンを鳴らす。
「留守か」
配達員がため息をついた。
ドアの内側に、また不在通知が落ちた。
男の部屋の時計が静かに時を刻んでいる。
男の朝は、まだ来ない。
朝は、まだ来ない 満月 花 @aoihanastory
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます