第3話 潮の果て

 翌朝、島は静まり返っていた。

 フェリーは来なかった。通信も途絶えていた。

 まるで外の世界が消えたようだった。


 海辺に立つと、潮のうねりの中から“僕”が歩いてきた。

 服は濡れていない。

 彼は僕の声で言った。

 「記録を続けるのはやめろ。お前が聞いた音は、この世界が裏返る前の警鐘だ」


 僕は逃げようとしたが、足元の砂が吸い込むように沈み始めた。

 遠くで、宿の老婆が海に向かって祈っていた。

 ——潮が鳴きはじめた。

 海と空の境界が溶け、世界が反転するような音。

 視界の中で、水平線がゆっくりと裏返っていく。


 気づいたとき、僕は船の上にいた。

 島はどこにもなかった。海面には何も残っていない。

 ただ、録音機だけが膝の上にあった。

 再生ボタンを押す。

 そこには穏やかな潮騒の音、そして微かに、僕の知らない声がこう呟いた。


 > 「ここは、もう一度生まれるための場所だ」


 海が静かに息をした。

 そして、世界は再び黙り込んだ。








 瀬戸内の海は、いつも優しい。

 けれど、その静けさの底には、太古からの「記憶の層」がある。

 人が何かを忘れるたび、潮が少しだけ鳴く。

 ——その音を聞いた者は、もはや同じ世界には戻れない。

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潮鳴(しおなり)-文元達也 @fumimoto_00

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