潮鳴(しおなり)-文元達也

@fumimoto_00

第1話 静かな島

 その島には、船が一日に一往復しか来なかった。

 春の終わり、海の光が柔らかくゆらめく午後、僕はそのフェリーに乗っていた。目的地は「神野島(かみのしま)」と呼ばれる小さな島だった。人口は百人にも満たない。観光地でもなければ、地図の上ではほとんど埃のような存在だった。


 僕がそこに行く理由は単純だ。

 ある科学誌で読んだ、「島の周囲で観測される異常な音波現象」——通称“潮鳴”を調べるためだった。

 記事にはこう書かれていた。

 > 潮の干満に合わせて、島全体が低周波の共鳴音を発する。

 > それは海中から聞こえるのか、大気の振動なのか、あるいは島そのものの声なのか——。


 港に着くと、風が止んだ。

 耳を澄ますと、かすかに「うなり」のような音が聞こえた。それは波の音ではなかった。もっと生き物的な、心臓の鼓動に近い響きだった。


 宿の老婆は僕に言った。

 「夜は海に近づかんほうがええ。潮が鳴くとき、あんたの名前を呼ぶけえね」

 彼女は笑わなかった。僕も笑えなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る