鏡の向こうと悪魔

ひどい汗で目が覚めた。  


目を覚ますと自分の部屋だった。


海で海賊のような格好の人に会った後、部屋に戻ると眠ってしまったようだ。


先程の夢がフラッシュバックする。


ホテルに着火された恐ろしい赤い炎。


追いかけてくる黒い制服の人たち。



落下したシャンデリア。


そしてその下敷きになり、傷だらけになったあの男の子。



鼓動が速くなるのを感じた。

胸が、息が苦しい。


このままではだめだ。何とかしなければ。


そう思うほどに息が苦しくなる。


ベッドから起き上がるも、床に倒れ込んでしまった。


どうしよう。このままではまずい。



誰か、助けて。



そう思った時だった。


「ルナ!」


鏡台の方から、女性の声がした。


顔を上げて鏡台を見ると、鏡の中から長い黒髪の女性が見える。


「しっかりして、もう少しよ。」


気がつくと、彼女はそばにいて、私の肩を支えながら鏡台へと向かっていく。


彼女が鏡に触れると、一瞬光に包まれ、目を開けるとさっきまでのホテルとは違う、お城のような場所にいた。


黒やグレーが基調となっている。


たくさんの鏡が壁に立て掛けてある。ミラーフレームには色とりどりの宝石が付いている。


振り返ると自分のいたホテルの部屋が鏡越しに見えた。



「大丈夫?助けに行くのが遅くなってごめんなさい。少し落ち着いた?」


黒くきれいな瞳、少し巻きがかった腰まである長い黒髪、黒いドレスを耳にまとった女性が心配そうに私の顔を覗いた。


「だいぶ落ち着きました。ありがとうございます。私を知ってるんですか?」


「知っているわ。私はミラ。だいぶ前のことだけど、ルナと私はこのホテルで働いていたのよ。」


「このホテルで?私はやっぱりここでの記憶を忘れているのでしょうか?」


「説明が遅くなってごめんなさい。ルナを招待したのは私とレイとリクの3人。もしかして、リクとはもうあったかしら?」


リク。その名前を聞いて、ここに来る前に会った男の人を思い出す。


「部屋に戻る前に海を見ていた時、海賊のような格好をしていた人に会いました。確か、緑のバンダナを頭に巻いていました。」



「ならそれはきっとリク。ごめんなさい、戸惑うわよね、ホテルに招待されて誰もいないなんて。」


彼女は申し訳なさそうに、そう言った。


「まず、状況を説明させてね。この世界は大きく2つに分かれているの。1つは人間界。さっきまでルナがいた場所。そしてもう1つが今私たちがいる異世界。

異世界にはいろんな国と種族がいるの。

そのうちの1つが、魔界。悪魔が住んでいる国で、私とレイがそこにいるわ。

そして海賊界。海賊のリクが住んでいるところ。

この他にもいろいろあるけど、私たちが関わりのあるのは主にこういう感じ。」


図書館の本に書いてあったことは本当だった。

知らなかった。私の知らない世界はこんなにも広かったのだ。


「そうなんですね。そんなに広い世界があるなんて知りませんでした。でも、どうして人間界では異世界のことが知られていないのでしょう?」


ニュースやSNSでも見たことがない。施設の子達も知っている子はいなかったと思う。



「かなり昔、異世界に来た人間が、死んでしまったことが理由みたい。どうしてか異世界の住人が人間界に行く分には影響がないみたいなんだけど。その逆は、体に影響が出て、耐えられなくなってしまうみたいなの。そういうことが起きないように、異世界の情報が流れるのを阻止してるみたい。」



話を聞きながら、あることを思った。ならどうして人間界にいる私は、ここにいて、さっきまでの過呼吸が治っているのだろう。


「でもね、これだけは約束する。ルナは今、異世界に来てるけど体に影響はない。」



彼女は嘘をついているようではない。なぜか分からないが不思議とそう思った。


「どうして、なんでしょうか?私は人間界の住人のはずです...。」


「本当は私から全て話したいんだけど、そうすることでルナの体が危険な状態になるかもしれないの。

ルナが自分で思い出していくことが1番安全だと、そう思った。

だからね、これは私たちからの提案なんだけど...。ルナがこのホテルにいる1ヶ月間、私とレイ、そしてリクと一緒に、ルナが好きなことをして過ごすっていうのを考えたの。昔、私たちは一緒にいたから何かの拍子で思い出すかもしれないって。」


普通なら初めて会うはずの人と一緒に過ごすのは怖いことなのかもしれない。もしかしたら、この話は全て嘘なのかもしれない。


だけど、この人といるとどこか安心感のようなものがあった。やっぱり記憶を忘れていても、どこかで覚えているのだろうか。

そして同時に、幼い頃からの2つの記憶について、何か分かるかもしれないと思った。


施設に来てくれた人の記憶。


仲間と笑い合っていた私を見守っていてくれた人の記憶。


もしかしたら、その記憶の人物はこの人達なのかもしれない。


その真実を知りたいと思い、私は返事をした。


「すごく楽しそうですね。私の好きなことを皆さんで、とても嬉しいです。」


「そう、よかった、ありがとう。ルナは何か好きなものはある?」



そう言われて頭に浮かんだのは、3つだった。


1つは寝る前につけるハンドクリームの香り。フラワーブーケの落ち着く香りだった。


2つは施設の子達と作っていたお菓子。クッキーやケーキを一緒に焼いて、とても楽しかったことを


3つ目が絵を描くことだった。部屋の中でよくカンバスを立てて色とりどりの絵の具で、よく何かを描いていた。


「3つあるんです。1つはフラワーブーケの香りです。2つ目はお菓子作り、3つ目が絵を描くことが好きです。」


「そう、どれも素敵ね。じゃあ、何をするか、みんなが集まった時にまた考えましょう。リクは夜になったらここに来るし、レイは今任務で忙しいから、あと数日すればみんな揃うと思うわ。」


昨夜、リクさんと会ったことを思い出した。確かに、リクさんが私の元へ来たのは夕日が沈んだ頃だった。モノクロの映像を見た後、辺りは暗くなっていた。

夜になって現れること。何か理由があるのだろうか。



「ルナ、色々聞いてくれてありがとう。もうそろそろ、部屋に戻ったほうが良さそう。まだ、全て思い出す前だから、長くここにいると体に影響が出てしまうかも。」


そう言ってホテルの部屋の前の鏡まで一緒に来てくれた。


「また明日、会いましょう。」


そう言って一瞬視界が真っ暗になり、目を開けるとホテルの部屋に戻っている。



鏡を見るとミラさんの姿はなく、私の姿が写っていた。

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