諸刃の剣【狂気と根明の探偵社】
海音
日本橋大学連続不審死事件
第一話 対面
僕は、小説家になりたかった。そうして進学先はここ、東京日本橋大学の文学部を選んだ。毎日ごく「静かな」学生生活を送っていた。単調で退屈で、けれどそれが僕の平穏だった。
でも今は――死体の目の前にいる。
この不自然な死体の顔は見たことがある。名前までは記憶していないが、たしか先週まで同じ講義を受けていたと思う。今日はその講義の日だが……この様子じゃ「課題提出」は間に合わないだろう。可哀想に。
彼は真面目そうな雰囲気で、いつも
それはそうと、この死体は一体どこから沸いて出たのだろうか。死体の
彼に一歩近づいて観察してみると、血痕も外傷も見当たらなければ衣服も乱れていない。まるで眠っている人間と区別もつかない顔つきである。
死体の妙な点は他にもある。それは、仰向けに寝ている死体の両手がスマートフォンを大事そうに握っているということだ。まぁ今は力が入っていないにせよ、一人で死んだらこんな細工は出来やしない。
僕はそのスマートフォンが気になって仕方なかったが、取り上げるわけにもいかない。ここは大学構内の北の外れ、最寄り駅から一番遠い場所で周りには誰も居ない。僕がよく頭の中を空っぽにするために座るベンチがあるくらいだ。
興味が収まらない僕は、また一歩身を乗り出して彼の手元を覗く。すると、腹に接している画面が光っている事に気がついた。さらに耳を澄ましてみるとスマートフォンからは音が漏れていて、画面には動画が流れていたのだ。
死体の上、スマートフォンで再生されっぱなしの動画。この声は聞き覚えがある。僕はこの奇妙な光景を何故かずっと目に焼き付けておきたくなった。そんなことを考える僕は、頭が狂っているのだろうか。なぜ彼がこんな死に方をしたのか……別に「探偵ごっこ」をしたい訳ではない。単純に疑問が頭にこびりついて離れないからだ。
あと十分で池谷教授の「教育哲学」の講義が始まる。この場所からじゃ到底、走っても講義の開始時間までに教室へ辿り着けそうもない。僕は遅刻してまで講義に出ようとは思わなかった。たとえ人気のない講義でも、学生がチラホラ座る教室の扉を変なタイミングで開けることは、注目を浴びたくない僕にとって自殺行為なのだ。
とはいえ、今日は前回までの課題を池谷教授に提出しなければ単位をもらえない。後でオンライン提出でもしておこう。教授が僕のことを成績優秀者として甘く見ていることは、噂に聞いている。
そんなことを考えながらも、講義を諦めた僕は死体の横にしゃがんで薄ら見える画面に目を凝らし、動画の音声に耳を傾けていた。秋の乾いた強い風が周りの木々を揺らすので、音声が何を話しているか聞こえなかった。
だが、ぴたりと風が止んだ一瞬の隙に、この言葉は僕の耳にはっきりと届いたのである。
「君は選ばれた人間だ。君にしか出来ないことを成し遂げろ。君は特別な存在なんだ。だから君がしたことは全て
――その動画こそが“事件の始まり”だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます