第4話 観察者

佐藤の「奇跡」は、医学の枠を超え、国家の関心事となった。

厚労省からの報告を受けた内閣情報調査室は、公安調査庁に極秘の調査を依頼する。

選ばれたのは、調査官・石川玲子。

冷静沈着で、心理分析に長けた人物だった。


石川は、医療スタッフとして施設に潜入した。

白衣をまとい、看護師として勤務を始める。

彼女の任務はただ一つ──佐藤の監視と、彼の正体の解明。


初めて佐藤の部屋に入ったとき、石川は直感した。


「これは……人間ではない」


佐藤はベッドに横たわっていたが、目は開かれ、静かに天井を見つめていた。

彼女が近づくと、脳内に声が響いた。


「あなたは、観察者ですね」


石川は動揺を見せなかった。むしろ、興味を抱いた。


「あなたは……誰?」


「私は研究者。あなたたちの精神構造を観測するために、この器を借りています」


石川は、冷静に会話を続けた。

彼女は、佐藤の言動が人間のそれとはかけ離れていることにすぐ気づいた。

感情の起伏がない。

言葉の選び方が、常に論理的で、目的に忠実だった。


「あなたの目的は、何?」


「魂の構造の解析。あなたたちの『個』が、どのように形成され、維持されるのか。それが、我々の最大の関心事です」


石川は、佐藤が「人間性」を研究していることを理解した。

だが、それは単なる好奇心ではない。

彼の質問は、あまりに核心を突いていた。


「あなたたちは、なぜ『死』を恐れるのですか?」

「なぜ、他者の苦痛に共感するのですか?」

「なぜ、孤独を避けようとするのですか?」


それらの問いは、石川の心を揺さぶった。

彼女は、佐藤が人類の「精神的な防衛機構」を探っているのではないかと考え始めた。


「あなたは、我々を理解しようとしている。だが、それは観察ではなく、模倣の準備では?」


研究者は、少しだけ沈黙した。

そして、こう答えた。


「その可能性は、否定しません。我々は、あなたたちの『個』に強い興味を持っています。それが、我々にはないものだからです」


石川は、その言葉に戦慄した。

これは、奇跡ではない。

これは、侵入だ。

人間の精神に対する、冷静で計画的な侵入。


その夜、石川は報告書にこう記した。


「佐藤は、未知の知性体による『人間性のサンプル調査』である可能性が高い。彼の目的は、観察ではなく、理解。そして、模倣。」

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