エンゲージ・サーガ

浅崎唯

プロローグ

小さいころに掲げた将来の夢は色々あった。


漫画をはじめて読んで、作品を読むという面白さを知った。

その面白さに心を奪われて、漫画家になりたいなんて言っていたこともあった。

テレビで見た消防士に憧れた。

困っている人を助けるその姿が、まぶしく見えたのだ。


ただ、翌日にはそんな素振りは見せていなかったし、何か新しいものを見つけてはそれに夢中になってはしゃいでいたと母さんは言っていた。


いま思えば、少し触れただけで憧れ、そしてすぐに放ってしまうような無責任な夢ばかりを語っていたのだなと思う。

多分、覚えていないだけでもう何個かはあるのだろう。


適当だし、はっきりとは思い出せないことばかりだけど、ひとつだけ忘れられない夢があった。


──俺は、飛行士になりたかった。


なりたいと思ったきっかけは単純だ。

小さいころ、家族旅行ではじめて飛行機に乗り、窓の外に広がる青空をみたとき、いつも見上げることしかできなかったあの空を鉄の白翼が泳ぐように駆け抜けていた。俺はその壮大な光景に胸の奥が焼けつくように熱くなった。


あのときの俺は衝動的に思ってしまったのだ。

いつか、あの空を自分の意志で飛んでみたいと。

そう思えたとき、胸の奥が幸せの気持ちでいっぱいだったのはよく覚えている。


──どうして、あの時の俺は、あんなにも楽観的でいられただろうか。


答えは、今ならよくわかる。

生きることが、幸せな生活を送れることが、永遠に続くのだと思っていたからだ。

明日も、明後日も、その先の何年の時間も、幸せが途切れることはなく笑っていられると、自分たちの未来を信じて疑わなかったからだ。


幸せは永遠には続かない。

ある日、なんの前触れもなく、その道は閉ざされる。音も警告も無く──誰にでも、突然に。


もしも、あの日の俺がそんな現実を知っていたなら、それでも飛行士になりたいと目を輝かせて言えただろうか。

本気で目指す気さえあれば、いずれそうなっていくだろうと自分の明日を信じて笑えていただろうか。


──わからない。


ただひとつ、確かなことがある。

あの日の青空は、今も俺の手では決して届かないほど、遠くにある。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

エンゲージ・サーガ 浅崎唯 @asazakiyuiyui

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ