apparence inversion only lady

@kazuselfai

第1話

鏡の向こうの“私”


 朝、鏡の前でメイクを整えながら、高嶺玲奈はスマホの画面をチラリと見た。

 フォロワー数「83万」。昨日より2,000人増えている。


「ふふっ、今日も完璧」


 唇の輪郭をきっちり描き、ライトを浴びながら自撮り。

 加工アプリ「MirrorMe」の新フィルター、“True Beauty”を使う。

 肌は発光するように白く、瞳はガラスのように澄んでいる。


 玲奈はそれをX(旧Twitter)に投稿した。

 ——#本当の美しさとは #MirrorMe #自分史上最高の私


 コメント欄にはいつものように「女神」「可愛すぎる」「生きるモチベ」といった言葉が並ぶ。

 玲奈は微笑みながら、コーヒーを一口。

 だが、胸の奥にはわずかな虚しさが残っていた。


 「……みんな、本当の私なんて見てないのにね」



---


 同じ頃。

 坂本美香は電車の中で、その投稿を見つめていた。


「またこの人かぁ……本当に別世界って感じ」


 スマホの画面に映る玲奈の笑顔。

 比べてしまう自分が情けない。

 鏡に映るのは、くすんだ肌、ぼさっとした髪、無表情な顔。

 ——私は、一生このままなのかな。


 ため息をついたその時、MirrorMeの広告が目に入る。

 『あなたの“本当の美”を映し出します』


「……どうせ冗談でしょ」

 そう呟きながらも、気まぐれでアプリをダウンロードする。



---


 その夜。

 玲奈は寝る前、ふと不思議な通知を見つけた。


 > MirrorMe: “真の美が、あなたの中に現れます——”


 寝ぼけながら、玲奈は笑ってスマホを伏せた。

 「もう、演出が大げさなんだから」


 ——翌朝。

 鏡の前に立った彼女は、声にならない悲鳴を上げた。


 そこにいたのは、

 腫れぼったい顔、荒れた肌、どこにも“高嶺玲奈”の面影がない女だった。


 「……だれ、これ……っ!?」



---


 一方、美香は目を覚ました瞬間、鏡を見て息を呑んだ。

 髪はつややかに揺れ、瞳は澄み、頬はまるで雑誌のモデルのよう。


 「えっ……私?」


 鏡の中の“美香”は、信じられないほど美しかった。

 スマホのカメラを向けると、どの角度も“映える”。

 恐る恐るXに写真を投稿してみると——


 > 【バズ中】「この子誰!?」「天使降臨」「神フィルター?」


 通知が止まらなかった。

 世界は、静かに反転を始めていた。

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