まさしとたかし

akagami.H

第1話 100m

乾いたピストルの音が、宇宙の始まりのように響いた。

たかしとまさし——二人の小学六年生は、ただの徒競走ではない。

これは宿命の一騎打ち、友情を超えた決闘だった。

最初の10mで、砂を蹴り上げるたかしの足音が雷鳴のように響く。

「俺が勝つ」心の叫びが大地を震わせる。


20m、まさしが肩を並べる。

互いの視線が交わる一瞬、そこには言葉はいらない。

これはタイマン、校庭を舞台にした聖戦。


30m、観客の声は遠ざかり、世界は二人だけになる。

40m、呼吸は炎のように荒れ、心臓が爆撃のように脈打つ。

50m——ちょうど中間。

二人の影は重なり、まるで一つの獣が走っているようだった。


60m、差はない。

だが少年たちの脳裏には、これまでの思い出が稲妻のように閃く。

たかしは思い出す。雨の日、泥だらけで転んだ自分を笑い飛ばしたまさしの顔。

まさしは思い出す。夏の日、鬼ごっこで誰よりも速く駆け抜けたたかしの背中。

70m、互いの過去が激突する。

80m、歯を食いしばる音すら轟音となる。

90m、勝負の神はまだどちらにも微笑んでいなかった。


最後の10m。

空気すら凍りつくような沈黙の中、二人は全力で腕を振る。

——そして、ゴールを割ったのはまさし。


勝利の歓喜と同時に、二人の脳裏にはひとつの思いがあった。

「しずかちゃんに告白するのは俺だ」


だが、運命は残酷だ。

駆け寄った二人に、しずかちゃんは微笑みながら告げる。

「ごめん。二人とも、友達のままでいたいの」


決闘の結末は、勝者も敗者もない。

——残ったのは、ただ“振られた”という同じ運命だった。


(了)

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