【2分で読めるシリーズ】第8弾『ダブル不倫』禁断の恋――吾輩は変態なんかじゃない⁉︎

いろは

【2分で読めるシリーズ】第8弾『ダブル不倫』禁断の恋――吾輩は変態なんかじゃない⁉︎

吾輩は、高橋一生。

どこぞの俳優ではない。


妻は、吾輩が誰よりもカッコいいと信じてやまない。

可愛いやつだ。吾輩も、その通りだと思う。


吾輩の日常は、毎朝ねぼすけの妻――栞里しおりを起こすことから始まる。大事な勤めだ。

炊事、洗濯、家事一切は妻の役目。

吾輩は朝食を済ますと、ソファーに横になる。

仕事に出かける妻がちょっかいをかけてくるが、今日は気が乗らない。気付かないフリをした。

後ろ髪を引かれながら寂しそうに出ていく妻に、心の中で「すまん」と謝る。


ニート……?ヒモ……? 誰か、そう言ったか?

ぜひ、亭主関白と言ってくれ。

妻は、吾輩がいれば辛くても生きていけると言っていた。

Win-Winというやつだ。


しかし、そうだな。

成人男子たるもの、ダラダラばかりもしておれん。

昼過ぎになると、吾輩は身だしなみを整えて食後の散歩に出かける。


公園の中をぐるりと歩く。

はしゃぐ子どもたちの声。

タバコを吸いながら伸びをするサラリーマン。

ベビーカーを向かい合わせに、話が止まらない若いママたち。


 うむ。いつもの風景である。


やがて吾輩の歩みは、公園前の家で止まる。


 ……今日もいる。


黒い屋根に緑の壁――白い窓辺に佇むのは、月光を編んだような毛並みを纏う猫。

吾輩が近付くと、耳と尻尾をピンと立て、立ち上がる。

真っ直ぐに見つめられ、全身が泡立つような感覚に陥った。胸が苦しい。


吾輩は、この猫に恋をしている――


誰にも言えない。

人間が猫に恋をするなどあってはならない。

わかっている。

何度も諦めようとした……。

散歩の道を変え、妻だけを見て――しかし、想いは募るばかり。


 ああ――やっぱり綺麗だ。


久々に見た彼女は変わらず凛としていた。

片方は琥珀、もう片方は空の色。

その瞳に射抜かれるたび、吾輩の心臓はどこかへ行ってしまう。


あの猫も吾輩に好意を持っている。

そうでなければ、半日も見つめあってはいられないだろう。


影が長くなり、学生やパートのおばちゃんが帰宅する時間。

それは起きた――


「……一生?」

振り返ると、重たそうなバッグを肩にした栞里が佇んでいた。


「――ち、違う」

つい言い訳を口にしていると、違和感に気づく。

栞里の横には若い男が並んでいた。

そして――手を繋いでいる。


吾輩は怒り狂う。

繋いだ手を振り払った。

「妻に何を――お前は誰だ!」


よく考えれば、逆ギレというやつだ。

先に浮気をしたのはこちらである。


「一生!落ち着いて……木下くん、大丈夫?」

「いてて……大丈夫。とりあえず、中で話そう。一成くんも来て」


木下は、目の前の家に吾輩と妻を招待した。

――彼女の家に。


罪悪感でいたたまれずに、背を向けた。

不意に栞里の手が肩に触れ、そっと振り返る。

彼女は神妙な顔をして「逃げる気?」と呟いた。


「……わかったよ」

覚悟を決めて、家に入る。

天井が高く広々とした空間。


「ダイアナ――」

木下が呼ぶと、すぐに猫の彼女が寄ってきた。


 ダイアナ――名前も可憐だ。


ガラス越しではない彼女を見ただけで、心臓が弾け飛びそうだった。

しかし、妻の前でおかしな真似はできない。吾輩は首を振る。


 頼む――今は近づかないでくれ!


願い虚しく、ダイアナは柔らかな白い体を、吾輩に何度も擦り付ける。


限界だった――。


妻は好きだ。

長年連れ添ってかけがいのない思い出もたくさんある。

しかし、ダイアナに対する気持ちは、栞里に向けるものとどこか違っていた。


「――栞里……」


吾輩は目を見開く。

妻と木下が抱き合い……口を付け合っている。

そして、吾輩の視線に気づくと照れたように言った。


「一生もダイアナちゃんとラブラブしたら?」


 そうか……そういうことか。

 流行りのダブル不倫――


 栞里がそれでいいのなら……


吾輩は、思い切ってダイアナの口に口を当てる。

ダイアナは嬉しそうに鳴いた。


 いざ――人間と猫の禁断の恋へ


栞里が木下の腕に絡みつきながら、一生を見つめる。


「本当に一生は、ダイアナちゃんに恋してたんだね」

「うん。高橋さんとこの子だって聞いてびっくりした」

「でも、おかげで木下君と仲良くなれたもんね」


鏡に映るは、寄り添う栞里・木下にんげんと――


猫二匹。


吾輩は、高橋一生。

鏡を見たことは、まだない――。

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